流行りのサットサンへ行ってきました

ここでは、「流行りのサットサンへ行ってきました」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているH.KIさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

H.KIさま

感想ありがとうございました。

> > 無空さま
> >
> > セッションありがとうございました
> >
> > 流行りのサットサンへ行ってきました
> >
> > 何がよかったのかわかりませんが、良かったと思います
> >
> > とお話ししました
> >
> > 率直な感想は、偏り過ぎ
> >
> > 無空庵のような、幅、奥行き、厚み、成熟度は感じませんでした
> >
> > やはりここでもマインドの成熟が一番大事なんだと思いました

今流行っているものに対して、どうのこうのというものはありませんが、

書かれてあることから参考になりそうなものを、

(これもあくまで一つの視点からの参考ということではありますが。)

ニサルガダッタ・マハラジ「I AM THAT」から紹介させて頂きます。

*************

質問者
ラーマクリシュナ・パラマハンサの妻であるサーラダー・デーヴィは、彼の弟子たちの行き過ぎの
努力をよく叱ったそうです。
彼女は、彼らを熟する前に摘み取られたマンゴーに比較して、「どうして急ぐの?あなたが完全に熟し、
甘く、芳醇になるまで待ちなさい」と彼女はよく言ったそうです。

マハラジ
何と彼女は正しいことか!
多くの者たちが、完全な真我実現前のつかの間の体験で夜明けを昼と間違え、過剰な自尊心から
彼の得たわずかばかりでさえも台無しにしているのだ。
謙遜と沈黙は、どんなに進歩していてもサーダカ(真我の探求者)にとって本質的なものだ。
完全に成熟したジニャーニ(賢者)だけが、己に完全な自発性の発揮を許すことができるのだ。

質問者
あるヨーガのアーシュラムでは弟子が光明を得た後、沈黙を七年、十二年、あるいは、十五年、
または二十五年にわたってまでも守っていくといいます。
バガヴァーン・シュリー・ラマナ・マハルシでさえも教えはじめる前に、彼自身二十年もの沈黙を守ったのです。

マハラジ
そうだ。内なる果実は熟さなければならない。
それまでは戒律を守り、気づきのなかに生きることが必須となる。
徐々に修練はより微妙になっていき、最後にはまったく形のないものとなる。

*************

> >
> > 感想です
> >
> > 最初の共鳴
> >
> > 震える感じの弾けるような感じの喜び
> >
> > アイコンタクト
> >
> > 何故か泣きたい感じ
> >
> > 瞑想
> >
> > ただ泣きたくて・・・
> >
> > ハート
> >
> > 泣きたくて
> >
> > 立場を変えて
> >
> > わからないど泣きたくて・・・
> >
> > 立場なし
> >
> > 泣きたい

自然に必要なことが起こっていた感じでしたね。
> >
> > 次回も宜しくお願い致します
> >
> > H.KI

こちらこそよろしくお願い致します。

無空
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