理解が深まり、愛そのものであることで、自然に、すべてが愛と見え、愛だけを体験することができます。

ここでは、「理解が深まり、愛そのものであることで、自然に、すべてが愛と見え、愛だけを体験することができます。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.M(のびのび)さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Mさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
> セッション(第256回目)ありがとうございました。
>
> 感想です。
>
> はじめの共鳴では、「愛そのもの=すべて」を感じました。
>
> アイコンタクトでは、「愛そのもの=○○」を感じました。
> ○○の部分は忘れました。
>
> 瞑想では、「愛そのもの=今」を感じました。
>
> ハートの共鳴では、「今そのもの=自分自身=覚悟」を感じました。
>
> 立場を変えての共鳴では、「自分自身」を感じました。
>
> 立場なしの共鳴では、「自分自身=無限のエネルギーそのもの」を感じました。

今回は、より本質そのもの度合いが高まった共鳴でしたね。
>
>
>
> 日常では、
>
> セッションでもお話ししましたが、
>
> 数日前、(覚醒に関する本などは、ほとんど読んだことがない)夫から、無空さんやマハラジがおっしゃっているような内容の話(実践に関して)がどんどん起こりました。
>
> その内容は、究極的にシンプルであり、それを聞いて、私の中に、より強い覚悟が起こりました。

「覚悟」

素晴らしいですね。

>
> 夫は、自然にただ在れているのだと分かりました。
>
> そして、私自身のとらわれに改めて気づくことができました。
>
> 身近な存在から、そのような話が起こったことは、とてもありがたいです。

本当にそうですね。
>
> 基本の大切さ、基本がすべてであることをより深く実感しました。
>
> とらわれを通して、サポートを通して、その両方を通して、すべての体験を通して、
>
> ただひとつであるもの(愛)がただひとつであること(愛)を知っていきます。
>
> 自己が自己をより深く知っていきます。
>
> 自己のそれ自身への愛が実現されていきます。

在るの自然本性ですね。
>
>
>
> その後は、とらわれない度合いが増しています。
>
> とらわれない度合いが増すと、すべては自然なことなんだ、とより実感を持って感じることができます。
>
> とらわれない度合いが増すと、より純粋にすべてを感じ、味わうことができます。
>
> とらわれない度合いが増すと、すべてをより正しく、より明確に理解することができます。

その実感、そして、理解がとてもよく伝わってきます。
>
>
>
> 理解が深まり、愛そのものであることで、自然に、すべてが愛と見え、愛だけを体験することができます。

本当に素晴らしいですね。

何度かご紹介していますが、ラマナ・マハルシの本「あるがままに」から。

*************

愛そのものが神の本当の姿である。
「私はこれを愛さない」「私はあれを愛さない」とすべてを拒絶していくと、拒絶しきれないものが残る。
それがスワルーパ、真我の無形態の形態である。それは純粋な至福である。
純粋な至福、神、アートマ、好きなように呼ぶがいい。
それが帰依、それが真我の実現、それがすべてである。
 あなたがこのようにすべてを拒絶すると、真我だけが残る。それが真実の愛である。
その愛の秘密を知った者は、世界が普遍の愛で満ちていることを知るだろう。
 真我の本性である愛を知る人にのみ、強くからまった生のもつれは解きほどかれる。
愛の高みに達した人にのみ、解脱は成就される。それがすべての宗教の本質である。
真我の体験とは愛である。
それはただ愛だけを見、愛だけを聞き、愛だけを感じ、愛だけを味わい、愛だけをかぐ。それが至福である。

**************

>
> 素晴らしいセッションをありがとうございます。
>
> K.M

ありがとうございます。

無空
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