自分を整えるとかよりも、まずはレンズ自体を外して、ただ在ってみればよかったのか、と思いました。

ここでは、「自分を整えるとかよりも、まずはレンズ自体を外して、ただ在ってみればよかったのか、と思いました。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているRTさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させて頂きます。

RTさま

感想ありがとうございました。

> 無空様
>
> 本日もありがとうございました。(忘れないうちに、早めに感想をお送りします^^;)
>
> 最近ずっと忙しくしていることもあり、思考でパンパンだったためか、最初の共鳴では気を散らすような思考が絶えず浮かんで、意識がそちらについ向かってしまっていました。
>
> が、そのあとのアイコンタクトの時に、ふと、自分が、”思考”を周りのものの中で、そして自分自身の中でも、一番重要なものとして扱っていることに気づきました。
>
> 今まで瞑想を含め、自己啓発的なことをいろいろと実践しようとしていたのは、この思考というレンズを一生懸命クリアにして、世界を曇りのないように見ようとするためでした。
>
> でも、そのレンズそのものを外してしまう、ということを考えてはいませんでした。

よい気づきですね。
>
> 一生懸命、自分を整え、世界に対して公平だったり歪みがなくあろうとしていたわけです。
>
> でも、自分を整えるとかよりも、まずはレンズ自体を外して、ただ在ってみればよかったのか、と思いました。
> 何か思考を整えることや自分を整えることが瞑想の意義なんじゃなく、ただ在ること自体が瞑想なんじゃないか?と。

そうですね。(ただ在ること。言い換えれば、在るである真の自己、本当の自分であること。)
>
> そう思うと、日常生活で、在るの実践はそれほど難しいものではないのかも、と思いました。気持ちもずっと解放されて、楽になりました。

いいですね。
>
> 自分を整えることだと思っていたから、気持ち的にハードルが高くて、なかなか実践ができなかったのもあるかもしれません。
>
> なるべく、ただ在る時間を持ってみようと思います。

はい。

> ありがとうございました。またよろしくお願いします。
>
> RT

こちらこそよろしくお願い致します。

ありがとうございました。

無空
【個人セッションに関してはこちらです。】
【お問い合わせ等はこちらからどうぞ。】

ランキングに参加しています。
よろしければ、クリック応援をお願いします。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
精神世界ラ
ンキング 人気ブログランキングへ
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック