感覚が平らになってくる。全てが並列状態。

ここでは、「感覚が平らになってくる。全てが並列状態。」 に関する記事を紹介しています。



今回は、セッションを受けられているKOさんから頂いたメールへの無空の返信をご紹介させて頂きます。

KOさま

感想ありがとうございました。
では、頂いた感想に少しコメントさせていただきます。


> 無空さま
>
> 大変おそくなりました。
> 体験セッションで感じた事をベースに
> 1回目の感想を書きました。
>
> それでは、本日のセッションも宜しくお願い致します。
>
> ☆☆☆以下感想です☆☆☆
>
> このセッションを受けようと思ったのは、友人の勧めでした。
> 友人は絶妙なタイミングで私の指針となるような事を
> 友人の思惑で私に見せてくれるのです。
>
>
> 「愛」ってなんだろう。
> 「優しさ」ってなんだろう。
> 「嫌う」ってなんだろう。
> 「個」ってなんだろう。
> 「全」ってなんだろう。
>
> 「善」と「悪」ってなんだろう。
>
> ここ数年、相対している事、2元論の中でしか生きていない事にとても苦しく感じていました。

二元論はマインドの中にあります。
そこを超えると、真我・一元性の世界ですね。

> 自分の感情、些細なことで好きにも、嫌いにもなってしまう事にほとほと嫌気がさしておりました。

マインド、感情は常に変化し続けます。
それに翻弄されていては落ち着くことができませんね。
嫌気がさしてきたということは、そこを超える準備ができてきたと言えます。

> また、他者からの評価を気にし過ぎてしまうことなども。

マインドが分離を作り出し、
その分離感からまた様々な思いや反応が出てきますね。

真に落ち着き、真に安らげるところはやはりマインドを超えたところにあります。

> だからと言って、それが解決するような本を読む気にもなれない。
> 答えは、本に書かれていないと決めつけていたからだと思います。
> 文字としてあること、ではなくて、自分の内側から何かを体験 したいと決めていたんだと思います。

まさに、無空庵に来るべくして来られたという感じですね。

> 体験セッション・第1回目のセッションを終え感じたこと。
>
> 以前芝居をしていた為、感動したことを自分の中でMAXに感じることができるが、共鳴中はその盛り上がった気持ちりも放物線を描くように、静かになってしまいました。

大きくうねっていた波が静まっていくように、空(ゼロ)の意識の共鳴により静寂が訪れます。
(浄化で想念が結構出てくることもありますが。)

> 静かだといって、気分が沈んでいるのとは違う。
> やんわりとした、喜びがあった。
> 普段使っている「楽しい」「嬉しい」これが5段階中3だとしましょう。
> この静かな時は、この数値があって1。
>この1のレベルがずーっと続いているような感じ。
> 自分の中がとても静かで、穏やかという言葉が当てはまる状態でした。

非常によく捉えられていらっしゃいますね。
さらにクリアになっていくと、1の中に、1~5すべてが在ることが分るようになってきます。
(穏やかさの中にすべてが在るという感覚。)

> 翌日、その状態が残っていた為か、予定とは違う行動となってもその時その時を楽しめ、人と会えば、その中にあるものに共鳴 していたように思います。

セッションの効果とは、意識せずともそのように日常の中に自然に現れてきます。


> そして、セッション第1回目を通して感じた事は なかなか共鳴に集中できない事、頭の中のおしゃべりが活発に なりそちらに引っ張られている事。
>
>

マインドがかなり一生懸命ですね(笑)。
静かになることに抵抗しているとも言えます。
セッションを重ねていくと徐々に落ち着いてきます。

>そうでなければ「飽きる」という状態になりかねない事。

「飽きる」のはマインドですね。
つまらない、退屈等、すべてそうです。

空との出会いの初期は、そのような感想を持つ方も結構いらっしゃいます。
空の、ある意味、表面的な部分は、マインドにとっては魅力的なものではありません。

それが、多くの方々が、普段からそれが在るのに気づけない、
また、そこに留まっていられない理由とも言えますね。

成熟してきたマインドのみが、それに気づき、そこに留まることができます。

成熟したマインドにとっては、空はとても魅力的で、また、真に寛ぐことができるマイホーム、
ふるさとのようなものです。

それは、完全な自由・解放であり、心地よい静寂、満ちている感覚、平和、
そして、それは、真実、愛、幸せそのものでもあります。

> それでも、共鳴をはずさずにいると、感覚が平らになって行きました。
> 肉体の輪郭をなんとなくですが、感じられているような具合です。

それ以前の状態より、マインドがより静かになっていったということですね。

> 体験ほどの、レベル1の喜びもありませんが、ただ平面だという感覚がとても強く残りました。

浄化が進み、クリアになり、そこに馴染んでいくと、その中に上記のような(自由、平和、愛等)
質をより感じとりやすくなっていきます。

> そして思うのは。
> おそらく「在る」という事は、そこに判断を加えない状態で普通な状態。
>コップがある、本棚かある、人がある、気持ちが ある。。
> 全てが並列、または点であること。ぼーと眺めている感じ。

ぼーっとという感覚になるのは、外側の対象には何の違いもなく、マインドが働いていないからですね。
外側の対象でなく、それ自身に気づくことができれば、とても目覚めた状態を感じる事ができます。

「全てが並列」という表現は、なかなかいいところをついていますね。
「在る」ということにおいて、そこには何の違いもありません。
その感覚から、静寂、何も起こっていない、という感覚などが生まれてきます。

また、同様の並列感覚から、浄化されたクリアな意識で感じる事ができるのは、
あるがままの素晴らしさ、美しさ、生命の輝き、すべてが愛で満ちていること、そこから起こる幸福感等々です。

また、外側でなく、自分自身に気づいているときは、とても凝縮された幸せの状態です。
あまりに集中した幸せ状態なので、通常の幸福感のようにはなかなか感じることができません。

その状態に慣れて来て、マインドがさらにリラックスし、そこから少しゆるむと、幸福感などを感じとることが出来るようになっていきます。

> そう考えると、とかく『判断』をすることが好きなんだなぁと思えてならない。

全くそのとおりです。
マインドは判断大好きです(笑)。
そうやって2元性(善悪、不幸と幸せのセットなど)を作り出していきます。

> 普段の生活の中で。
> 自分の不注意で、注意を受けた。
> 「なんだよ」や「そんな言い方しなくたって」や「もう協力しない」 という気持ちでいっぱいになっていました。
>
> その時に、判断することを止めてみました。
> そうすると、ぽこっと嫌な気持ちから外れることができました
> 。

ブログに書いていますように、問題はすべてマインドの中にあります。
判断することなど、マインドから解放されていると、とても自由で、いつも晴れやかな状態でいることができます。

ではまた、今日の夜にセッションでお会いしましょう。

無空
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