「識別は働いても、分離は見えない」

ここでは、「「識別は働いても、分離は見えない」」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.M(のびのび)さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Mさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
> セッション(第230回目)ありがとうございました。
>
> 感想です。
>
> はじめの共鳴では、「自由そのもの」、「軽やかさそのもの」、「透明そのもの」、「広がりそのもの」、「引っかかりようがない」、「純粋性そのもの」、「分離はない」、「ただひとつであるものそのもの」を感じました。

在るの素晴らしき多様な在り方、無限の在り方をとてもよく感じ取られていましたね。

もっともシンプルなものは、どこまでも奥深く、そして、広く大きく、

シンプルでありながら同時に多様であり(どこまでも多様に在れる、多様に見ることができる、多様に感じることができる)、無限です。

> アイコンタクトでは、「分離は見えない」、「ただひとつであるものそのもの」、「深遠さそのもの」を感じました。

さらに、それ度、そのもの度が深まっているのが伝わってきます。
>
> 瞑想では、「ただひとつであるものとして在る」、「識別は働いても、分離は見えない」を感じました。

とても力強いですね。

「ただひとつであるものとして在る」

「識別は働いても、分離は見えない」

素晴らしく在るですね。

多様であることが、分離をもたらすわけではありません。

ただひとつのものである在る(愛、真我、全体)は、多様でありながら、多様として現れながらも、

そのままただひとつであるもの、ただひとつであるすべてとして在ります。

それは、それ自身の自然本性(愛)により、(現れ的には)起こっては消え、起こっては消え

(それ自身の動きとしては、それ自身は変わらないまま、不動のまま、起こっては戻り、起こっては戻り)

を繰り返しますが、それ自身の本質、あるいは、それ自身である本質、愛であること、幸せそのもの、

よろこびそのもの、平和そのもの、真・善・美そのものであること等はまったく変わりません。

その不変の在り方、絶対不動の立ち位置は変わらないまま、それ自身の動かないままの動き

(本質は変わらないままの動き、それ自身のゆらぎ、注意がゆらいで、またそれ自身を再認識する、

起こっては戻りの動き、現れを体験し、そしてまた、それ自身に還るという動き、旅、冒険、学び、遊び、道、プロセス等)により、

その素晴らしさは、無限に深まっていきます。

> ハートの共鳴では、「ただひとつであるものそのもの」、「分離はない」、「まるごと」を感じました。
>
> 立場を変えての共鳴では、「無限そのもの」を感じました。
>
> 立場なしの共鳴では、「変わらないものそのもの」を感じました。

今回も素晴らしく深く、素晴らしく広く大きく、素晴らしく純粋に在るでしたね。
>
>
>
> 日常では、
>
> ただひとつであるものとして、まるごとの体験がそこに在ります。

素晴らしくそのままであり、素晴らしくトータルですね。

ただひとつであるものは、ただひとつであるすべてです。
>
> そして、「解脱」という言葉がとてもしっくりくる感覚です。

そこに来ると、それが実感として分かりますね。

本当に素晴らしいですね。
>
>
>
> また、セッションでもお話ししましたが、今週は、大きめの動きがありました。
>
> 動きそのものとして在り、とても軽やかでした。
>
> 普段とは違う環境、状況において、自分自身が愛そのものであること、真我が実現されていることを強く実感しました。
>
> 自然であることは、とてもやさしく、そして、とても心地いいです。

はい。
>
> ただ知っていく。
>
> 無限に知っていく。
>
> あるがままに。
>
>
>
> 素晴らしいセッションをありがとうございます。
>
> K.M

ありがとうございました。

無空
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