真にニュートラルであり、静寂そのもののベースが揺らぎません。

ここでは、「真にニュートラルであり、静寂そのもののベースが揺らぎません。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.M(のびのび)さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Mさん

感想ありがとうございました。

>
> 無空さん
>
> セッション(第219回目)ありがとうございました。
>
> 感想です。
>
> はじめの共鳴では、「とらわれるもない、巻き込まれるもない。ただひとつであるので、とらわれようがない、巻き込まれようがない。」、「純粋性そのもの」を感じました。

素晴らしいですね。
>
> アイコンタクトでは、「無の中の躍動」、「知っているところ」を感じました。
>
> 瞑想では、「無そのもの」、「何もない、何ものでもない、そして、すべてであるもの」を感じました。
>
> ハートの共鳴では、「無=自分自身、真の自分自身」、「私は無だった、すべては無だった。」を感じました。

本質的な理解が深まりますね。
>
> 立場を変えての共鳴では、「空そのもの」、「(もともとそれでしかないですが、)真に自分自身に帰り着いた。」を感じました。

「真に」というところが、とても伝わってきます。
>
> 立場なしの共鳴では、「無、空そのもの」を感じました。
> 「無空さんが『無空さん』なのが分かった。」と感じました。

今回も全体的に素晴らしい共鳴でしたね。
>
>
>
> 日常では、
>
> 真に在るがままに在れている、という感覚があります。
>
> 以前との違いはとても微細でありながら、まるっきり違う、という感覚です。
>
> 真にニュートラルであり、静寂そのもののベースが揺らぎません。

本当に素晴らしいですね。
>
>
>
> 在るに戻る、という感じでもないです。
>
> 在るそのもの。
>
> 気づきそのもの。
>
> すべては自分自身の中で展開され、在るがままに気づかれます。
>
>
>
> 理解がすべてだと感じます。
>
> 理解が在り方を決める。
>
> 理解が感じ方を決める。

源としての在る、あるいは、すべてのすべてとしての在るが、

自分自身をどのように知っているか、

よりシンプルな言い方では、どう在るかが、すべてですね。
>
>
>
> そして、どのような理解、どのような在り方であっても、それが自然。
>
> それが必要で起こっている。
>
> すべては在るがまま。

はい、そうです。
>
>
>
> すべては在るがままであり、自然であることを知っている。
>
> それだけが在ることを知っている。
>
> 何もなく、そして、すべてであるもの。
>
> 可能性であり、叡智であるもの。
>
> 知っているそのもの。
>
> 理解そのもの。
>
> それが、自分自身。

気づいたそれ自身、

気づかれたそれ自身、

知ったそれ自身、

知られたそれ自身。

純粋なる主観性そのもの。

主たるもの。

自分自身。
>
>
>
> 存在=感謝。
>
> うまく表現ができないのですが、ただそう感じます。

それは、ありがたいもの。

在るは、ありがとうそのものです。

在ってくれて、ありがとう。

在らせてくれて、ありがとう。
>
>
>
> 素晴らしいセッションをありがとうございます。
>
> K.M

ありがとうございます。

無空
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