何もないもの、動きのないものに意識を向ける。

ここでは、「何もないもの、動きのないものに意識を向ける。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているRTさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させて頂きます。

RTさま

感想ありがとうございました。

> 無空様
>
> ~事務連絡につき、省略させて頂きます。~

> 感想も忘れないように、送っておきます。
>
> ここの所は仕事が出張続きだったり、時間が足りないのに業務量がどんどん増えてくるので、そちらに意識が行ってしまったり、イライラしていることが多かったので、意識がマインドにガッツリ向かっていました。
>
> でも、セッション中は、以前に比べると、スッと”見えるもの”ではなく”見るもの”(何にもないもの、動きのないもの)に向くようになりました。

よい感じですね。
>
> セッションを受けていて、意識を向ける方向が間違ったらどうしよう、悟ってるつもりになって見当違いになったらどうしよう、と思い、普段、無に意識を向けることを恐れていることに気づきました。
>
> 受けた後は、間違ってもいいから、とにかく意識を向けるチャレンジをしてみて、また無空さんのセッションを受けて軌道修正をすればいいや、と思えるようになりました。

はい、セッションでまた確認できますので大丈夫です。

安心して実践を行ってください。

「とにかく」というのがいいですね。
>
> また、何もないもの、動きのないものに意識を向けていると、自分は今まで「変化しなければ、前進しなければ進歩がない」と思っていたので、動くもの(心)にがっぷりと組み合っていたのだと気づきました。
>
> 動かないものに意識を向けるのは、それだけで自分が変わることや進歩すること、前進することを拒否する行為な気がして、怖かったのだな、と。
>
> 動かない何かに意識を向けることは、今までの人生でやったことがないし、進歩や前進を放棄することになるかもしれない、かなりチャレンジングなことに感じます。
> ですので、少しずつ、試してみようと思っています。

はい、無理なく少しずつ実践をしていってください。

動かないものは、すべての動きの源です。

そこに意識を向けるようになってはじめて、現れレベルでの根本的でトータルな変化、変容が始まります。

それは、マインドレベルで考える進歩、前進も含み、そしてそれらをはるかに超えたものです。

でも、それは、ただ自分自身(真の自己)であることでもあるので、とても自然で当たり前、普通なものでもあります。

真の自然、真の当り前、真の普通とも言えるかもしれません。

無理なく少しずつ実践していってください。
>
> また次回よろしくお願いします。
>
> RT

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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