「自らがそのものだけに 自らがほどけないと 気づかれない」

ここでは、「「自らがそのものだけに 自らがほどけないと 気づかれない」」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているハリマンさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

ハリマンさん

感想ありがとうございました。

> > 無空さん、こんにちは。
> >
> > いつもありがとうございます。
> >
> > メモをたよりに、10月1日セッションの感想です。
> >
> > 〇近況報告
> >
> > 「気づいていること、気づいている意識に気づいて在ること、気づき自身であること」と、 
> >
> > ラマナ・マハルシの本を読んでいて、「広義でのサットサン、ジャパのたえなる復唱」が同じように思えました。

そうですね。
> >
> > 〇共鳴
> >
> > 見過ごしてしまいそうな、それに気づかずに過ごしてしまいそうなやわかな風。
> >
> > 一見、何もない縁側。
> >
> > そこには空があり、風がわたり、山が見え、緑が咲き、音がして、お茶の香りがあり・・・。
> >
> > 機微がそっとあらわれていて、静かなままで。

気づかずに見過ごしてしまいそうなところによく気づかれていますね。

静かで、クリアで、やわらかなであるこそ可能なことですね。
> >
> > 〇アイコンタクト
> >
> > 「青い鳥」は探してたら見つからない。現れているのに気づかない。
> >
> > ひろがっている「青い鳥」。
> >
> > なんの「 」も( )もなくひろがっている風や香り。
> >
> > 空にほんのすこし色がついて、あらわれてひろがっている。

それは、まさにそのように現れています。

ほんの少し色がついてというところに、とても奥深い味わいがありますね。
> >
> > 〇瞑想
> >
> > 「ほんとうに、これが遍満しているの?」(「疑い」のコトバではなく)
> >
> > 「自らがそのものだけに 自らがほどけないと 気づかれない」

まさにそのとおりですね。

自らに気づくことはなかなかできません。

先の共鳴で感じられたところにも、その表現がありますが、

それはあまりに近くにあるために、気づかずに見過ごされがちです。

また、他の何かを探すのと同じように探してたら、けっして見つけられません。

現れているのに気づかれない、それ

自分自身。

真の自己。

自らにゆるむこと。

自らにほどけること。

やさしく、やわらかく。
> >
> > 〇ハート
> >
> > 傷や、固まり、固さはそのままにされている。
> >
> > ハートのなかにある。
> >
> > その傷や固まりが、ハート。

本質、真実が見えていますね。

その愛の在り方、深さ、奥行き、計らいが

そこに在りますね。
> >
> > 〇立場を替えて
> >
> > 傷は、固まりは、放っておかれているのではない。
> >
> > 気づかれていて、見守られている。
> >
> > そして、傷や固まりがハートに反転するのです。
> >
> > (うまく言えないのですが、そんな感じがするのです)
> >
> > 大切にされている。

在る(真我・愛・全体)は、それ自身であるすべてに対し、

そのように在りますね。
> >
> > 〇立場なし
> >
> > ニュートラル。
> >
> > 何もない
> >
> > 何もあらわれてないのに
> >
> > 何ももとめてないのに
> >
> > 何もつかんでないのに
> >
> > 「何」が
> >
> > ささやかで おおきく、ひろがって
> >
> > その一点をどこで切りとっても
> >
> > おなじ おおきさ ひろがりで ささやかで
> >
> > どこまでも 
> >
> > 無空さん、ありがとうございます。
> >
> > ハリマン

こちらこそ、素晴らしい在るの詩(うた)をありがとうございました。

無空
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