何もありませんでした スッカラカン

ここでは、「何もありませんでした スッカラカン」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられている青さんから頂いた感想と無空の返信を、
参考までにご紹介させて頂きます。

青さん

感想ありがとうございました。

> > ちょっとぐらいはその。。。
> >
> > 理解は進み
> >
> > 賢くなってるのか
> >
> > そんな風に
> >
> > 感じることが出来ずに
> >
> > 本当に辛い。。
> >
> > そんな一週間の感想から始まってしまいました
> >
> >
> >
> > 全くの
> >
> > 基本的な問い
> >
> > 「真我ってなんですか」
> >
> > 「本当のしあわせ」ってなんですか
> >
> >
> > そんなことを言い出す始末でした。。
> >
> >
> >
> > でもそれは
> >
> > 無空さんに噛み付くのはお門違いで
> >
> > 自分自身の不甲斐なさや
> >
> > 自分自身の生き様に対する
> >
> > 欲求不満をぶつけているだけなんです
> >
> >
> >
> > 後何回か
> >
> > 生まれ直してから
> >
> > 向かって来なさいと言われそうです

何度も在るに注意を向けること、在るに戻ること

自覚すること、

在るそのものであることで、

(そして、そこから現れへと焦点が自然に移ることによって)

毎回、毎回生まれ変わっているとも言えます。

(ときどき、「在る」を限定的に捉えられる方もいらっしゃいますが、

ここで言っている「在る」、あるいは、多くの場合に使うことが起こってくる「在る」は、

単に存在感覚等だけを言っているのではなく、ブログの初めの方の

「マインドでは理解できないところもあります。~ブログを読んで頂く際に気にとめておいて頂きたいこと。」

のところにも、言葉の使い方等についてある程度書かせて頂いておりますが、もう少し広義と言いますか、

ニサルガダッタ・マハラジが「I AM THAT」の中で

【実在のなかには、それ自体は暗いが、すべてを輝かす源があるだけだ。
知覚されないが、それは知覚をひき起こす原因であり、感じられないが、感覚をひき起こす原因だ。
非実在でありながら、それは存在に誕生を与える。
それは動きの不動なる背景なのだ。
ひとたびあなたがそこに在るなら、どこにいようと我が家のように感じるだろう。】

と言っていますが、ここで言われている「非実在」も含みます。)


それ(在る)は、記憶、過去、また、起こっている状況等からまったく自由です。

そこは、完全にゼロに戻れる場所、、完全にリフレッシュできるところ、

あるいは、それそのものです。

それ自体は、時間の流れ、様々なプロセス、悟り、解脱等も超えています。


(含み超えており━それそのものとして現れながらも、それ自体にまったくとらわれない━

一例として、気づきそれ自体とそれに備わる“気づく”という本性、機能、働き、動き、

不動の気づきそれ自体と“気づく”という動きの関係を考えてみて頂くと、もしかしたら

理解しやすいかもしれません。

それは、源と現れ、現象、あるいは、幻想とも言われる関係であるとも言えます。

気づきそれ自体は、気づくということで、その存在自体が変わるものではありません。

━ですから、無限に気づいていくことが可能であるとも言えます。━

それを体験することができるということは言えますが、ある意味、そこから全く影響を受けず、

また、それにとらわれることもないと言えます。

ニサルガダッタ・マハラジが非実在とも言っている源から、その自然本性により、

そのときどきで、全体の必要性、その他、その状況状況等により、

あるいは、単にただ、様々に多様な現象、多様な表現が現れます。

どのような表現が現れていようと、源はそれにまったくとらわれていません。)


それに何度も戻り、その質を存在全体に浸透させていきましょう。
> >
> >
> >
> > マインドやエゴが
> >
> > 本当に強く
> >
> > おこちゃまのまんまです。。

今日お話しさせて頂きましたが、

進んでくると、マインドの抵抗はさらに強くなることがあります。

マインドはそのようなものである(おこちゃま)という理解ももって

在りましょう。

そのような在り方は成熟した在り方とも言えます。
> >
> >
> >
> > さて
> >
> > 始めの共鳴は
> >
> > 激しく泣いていたので
> >
> > やっと感情が収まっていきました
> >
> >
> >
> > アイコンタクトは
> >
> > 胸の痛みが
> >
> > ピンポイントにヒリヒリとしていました
> >
> > 欠乏感を拭えずに
> >
> > そこが切なさのポイントで
> >
> > そこが大きなエゴ(マインド)が動くところという感じでした

そこ(欠乏感)がマインドのひとつの原動力とも言えますね。

ですが、真の自己・在るは、まったく欠けておらず、

(欠けた在る、半分在るなどということはありません。)

それは、満ちているそのものです。
> >
> >
> > 瞑想は
> >
> > ずんずんという感じで
> >
> > 力が抜けていきました
> >
> > 涙が再び溢れていました
> >
> > 力を入れてしまうのも
> >
> > 入れているのもエゴである自分なんです
> >
> >
> > 自分自身で自分自身をどうしてここまで
> >
> > 苦しめてしまうのでしょう。。

それがエゴのひとつの在り方、

傾向、動き方、働き方ですね。

(もちろん、エゴには素晴らしい側面もたくさんあるとも言えます。)

エゴにはそのような側面がある、という理解を持ち

ただそれを受け入れましょう。

可能なら、包み込んで在りましょう。

または、距離を置いて、気づいて在りましょう。
> >
> >
> > ハートの共鳴は
> >
> > 何もありませんでした
> >
> > スッカラカン

いいですね。
> >
> >
> >
> > 立場を変えては
> >
> > 何も無いところから
> >
> > 何かが立ち上がっていました
> >
> > 「神聖さの香り」の気配がしました
> >
> >
> >
> > 立場なし・ニュートラルでは
> >
> > 無邪気な喜び
> >
> > でした
> >
> >
> >
> > リフレッシュしました

はい、在るはリフレッシュそのものでもあります。

後半にかけてクリアになっていきましたね。
> >
> >
> > 今週は
> >
> > 子供の運動会があります
> >
> > 今月は緊張感を伴い
> >
> > 本当に忙しかったので
> >
> > なかなかにしんどい日々でしたが
> >
> > 次回まで
> >
> > このリラックスが持続出来ますように。。
> >
> > 願っています

リラックスそのものでもある在るに何度も戻りましょう。
> >
> >
> >
> >
> > また来週どうぞよろしくお願いいたします
> >
> >
> >
> > 青

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
> >
> >
> >
> >
> >
> >
> >
> > PS

~一部省略させて頂きます。~


いろいろ起こってきているときはそのように感じられますが、

存在全体の変容と成熟、そして、理解は着実に進んでいます。

青さんのように、日々全身全霊、一生懸命生きていれば、

存在全体として経験は積み重ねられ、

存在全体の変容、成熟、そして、理解は、自ずと進んでいきます。

何一つ無駄になっていることはありません。


どう在るか、

そして、どう生きるか、

(在り方、姿勢、態度)

それ自体がとても大切であり、

それ自体が、真・善・美

真実であり、善であり、とても尊く、また、美しいものです。

悩み、葛藤することなどもまた、相対を超え、価値判断を超え、

あるがままの真実であり、

善であり、尊く、美しいものです。

何をするかももちろん大切ですが、

在り方、姿勢、生き方の方により焦点が当たっている方は幸いです。

そこには、状況、環境等に左右されない強さ、確かさ、やわらかさ、

満ちたもの、自由、幸せがあります。
【個人セッションに関してはこちらです。】
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