何もなくなっちゃったんです。

ここでは、「何もなくなっちゃったんです。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているストライクさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

ストライクさま

感想ありがとうございました。

> 本日は、ありがとうございました。
>
> また、来週よろしくお願いいたします。
>
> ストライク
>
>
> 前回からの感じについて
>
>  在ることに居ようとすると
>  外側を観ている感じの時は大丈夫なんですが、
>  目をつむって内側を見ようとしてしまうと、
>  何か圧力のようなものが有るのを感じる。

在るのリアリティを感じられているのか、
もしくは、少しマインド的な頑張りが入っているのか、
あるいは、その両方か、
というところでしょうか。
>
>  普段は、逆に何も感じなくなってきた。
>  目をつむっていても目を開いてるのと同じで
>  違和感が全く無くなってしまった。

在るは、目の開け閉めとは関係なくありますので、
違和感がないというのは、いいですね。

>  目をつむっていても目を開けている時と何も変わらない感じで
>  どうしちゃったのかなって感じなんです。
>  電車の中で目をつむってても、
>  前のように内側を観るっていう感覚も出てこないで
>  それで、何も無いんです。

在る、もしくは、無(空)そのものに100%焦点が当たっているときは、
現れ的には、何もありません。
>  
>  あまりにも何もないのでどうしちゃったのかなって感じなんです。
>
>  目を開けている状態では景色が見えますが、
>  目をつむると、その景色が無くなったっていうだけみたいな感じです。

それが、本質(無・空・在る・真我)です。
現れの源、あるいは、いつも現れの背景にあるもの、
現れが消えても残るもの、変わらずに在るもの、
とても自然に、とても当たり前に、とても普通にずっと在るものです。
(ですので、ほとんどの方が見逃したり、気づいても重要視しません。)
>
>  前は多少やってる意識感というのが有ったのですが、それも無くなった。

より自然になったと言えるかもしれませんね。
>
>  あまりにも何もないのでこれで良いのかなと不安でした。
>  全く何もない、やりがいがないというか!
>
>  続けていけば、また変わってくるんでしょうか?

はい、何もない無(空)により馴染んでいき、そこで(できればそれそのものとして)寛げるようになってくるといいですね。
無(空・在る・真我)の素晴らしさを徐々に感じ取れるようになってくるでしょう。

>
>  先週あたりからは、電車の中で瞑想していても眠ることはなくなりました。

自然な覚醒度合いが高まっているのかもしれまんね。
>
>  最初は、今ここという感じから、どこまで広がりがあるのか探して行って観ました。
>  存在が体のなかだけでなくて、どこまで在るのかなってやって行ったら
>  何もなくなっちゃったんです。

すべて=全体=無=在る です。
本質は、そのような在り方をしています。
様々な体験、実感等を重ねながら、在るをトータルに理解していきましょう。

ありがとうございました。

無空
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