心穏やかなことが多かったように思います。

ここでは、「心穏やかなことが多かったように思います。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているRTさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させて頂きます。

RTさま

感想ありがとうございました。

> 無空様

> いつもお世話になります。
> 明日11時、よろしくお願いいたします。

> 今月は割合、心穏やかなことが多かったように思います。
> 家族と楽しい時間を過ごそう、と、ただ思っている感じです。

シンプルなのがいいですね。

> ある時ふと、私は家族の健康や心の平和に貢献することが
> できるんだなー、と思いました。

> それと同時に、今までは、家族のために何かをするのは当たり前で、
> それは家族としてしなければいけないこと、義務、犠牲だと思っていたことに気づきました。

> でも、そうではなく、なぜかその瞬間に、私はただ、家族の何かの支えのきっかけになることができる、それを選ぶことができる、それを楽しむことができる、と、ガラッと考え方が変わりました。
> なぜなのかはよくわかりません。

変容とはそのように起きます。

> そうかー、義務じゃなくてよかったんだ、と。

> 義務じゃなきゃできない、となぜか今までは思っていたけれど、
> なぜか瞬間にそうではない世界を生きることができる、と
> 感じて、その点ですごく楽になりました。

よかったですね。

> あとは、ふと、体の調子が悪かったり、機嫌が悪くても、
> 自分は今を選択できるよね、と感じたことがありました。

状況、状態は、さまざまに起こってきて変化していきますが、
それに気づいている意識は変わることはありません。
状況、状態に対する反応も、必ずしもいつも同じでなくてもよいですし、
また、まったく同じであってもかまいません。
気づいている意識(在る・真我・愛・全体)は変わりません。

> でも、これについては、自分の子供の悩みに直面したり、事件を扱った
> テレビ番組を見たときに、やっぱり感情が私の中心に居座って、
> それに振り回されている自分に気づき、不安を覚えたりしていますね・・。

今のRTさんとして、そのように反応が起こるということですね。

> 感情がやっぱり意識の中心のような気がしてしまっているなーとは
> 思います。

起こってくる不安等の感情、振り回されている個人(自我)に気づいている意識は
変わりません。
見るもの、体験するもの等によって、様々に変化する感情は、
現れも含めた存在全体の中の大切な要素のひとつであるということは言えますが、
意識の中心にはなりません。
(今のRTさんにとって、意識の焦点の中心になっている、ということは言えるかもしれませんが。)

> 明日もよろしくお願いいたします。

> RT

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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