居ようとせず、ただそのままでいてください。

ここでは、「居ようとせず、ただそのままでいてください。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているKuUさんから頂いたメールと無空の返信を、
参考までにご紹介させて頂きます。

KuUさま

感想ありがとうございました。

> 無空さま

> 先週は不安感とそれに由来するイライラ感にさいなまれる毎日でした。
> その不安は突き詰める所、死ぬ事(肉体が朽ちる事、肉体が消滅する事)への恐怖心だったのですが、
> その不安感を「在る」の位置から眺めているのに耐え切れなくなって、週末は今まで自分が学んだ色々なヒーリングテクニックを使ってみました。

耐え切れなくなったのは、眺めている(が起こっている)主体としての在る(真我)とミックスされているマインド(自我)の方とも言えますね。
また、全体的に見れば、耐え切れないが起こって、ヒーリングテクニックを使うという流れになったとも言えます。

> おかげで、不安感にまとわりついていた色々な思考(観念)が取れたようで、、随分落ち着きを取り戻しました。

よかったですね。
在ることで、そのときどきに必要なことが起こってきます。
そして、それに素直に従うことは(従う個人がいなければさらに自然でシンプルで軽やかです。)、あるがまま、起こるがままということでもあります。

> ただ、まだ薄っすらと不安感は残っていて、マインドはヒーリングで解消したのではなく、抑圧してしまったのではという思考で、また不安を作ろうとしています。

そのマインドの動きに気づいて在りましょう。

> 日曜日にかなり長い瞑想を試みたのですが、あの至福感は戻って来ず、今は「在る」というのはどういう事だったのかわからない、という状態です。

ひとつの状態だけにたよっていると、在るが分からなくなります。
(在ると、そうでないものができてしまいます。)
様々な体験を重ね、在るをトータルに知っていきましょう。

> 今、私がこうしている状態は「在る」ではないの? 大体「在る」に居ようと努力する事自体が、自分を「在る」と「在るでない」状態の2つに分けてしまっているので、
> 永遠に「在るではない」状態になるのでは?と疑問です。

そのとおりでもありますね。
今は、至福感を求めて、在るに居ようが起こっていて、マインドがぐるぐるしている状態です。
先週の返信を再度、読み返して頂ければと思います。
今現在のKuUさんの場合は、居ようとあまりと努力しない方がよろしいです。
まだかなり力みや努力が強い可能性があります。

居ようとせず、ただそのままでいてください。
そのままで在ってください。
力を抜いて、リラックスしていてください。
至福感を求めようとすると、力みが入ってしまいますので、
ただリラックスしてください。

また、これも前回の返信に書かせて頂いたことですが、

再確認の意味も含め、“居よう”に関してもう少し書かせて頂きますと、

居ようではなく、居る。

在ろうではなく、在る。

これも頭に入れておいてください。

その上で、居よう、在ろうが起これば、そのままで。

(スムーズに在れないとき、即在れないときは、居よう、在ろうが起こるかもしれません。

そのトライも自然なものであり、また、動き続けるマインドと同一化していたところから、

その習慣を変えていく上でも、在ろうが起こり、それが在るにつながり、

マインドと同一化している習慣が変わっていくようであれば、それは必要なプロセスでもあります。

ただ、在ろう、居ようが起こり続け、それがKuUさんのように、

在るにつながらないのであれば、ただそのままがいいです。

認識の度合いはいずれにせよ、KuUさんの場合、日常でも、自然に在れていることはありますし、

━大きく言えば、または、本質、一元性の視点から言えば、どんなときでも在るであるということは言えますが、

現れた状態も含め存在全体としてただ在れているときと、マインドに巻き込まれるなどしてそうでないとき、

ただ在れていて、それを自覚、認識できているときと、そうでないとき、

焦点が在るにあるとき、特にどこにも焦点が当たっていないとき、思考、感情等も含め、源、本質としての

在るから現れる現れに焦点が当たっているとき等、様々な在るの状態、在るの在り方があります。━

セッションでも何度も、そう在れていますので、それを知らないわけではありません。、

そのままで在って、自然にそれに気づく、

すでにそうである、と気づくという感じが、

今現在のKuUさんには、よろしいかもしれません。)

そして、在れればOKですし、

なかなか、在れないとき(落ちかないとき等)は、居よう、在ろうとはせずに、そのままで在ってください。

本質を知って、はじめにすべてを統合できる不動の土台をしっかりしたものにし、
その後に、それがすべてに浸透している、それはすべてであると理解されていくプロセスがあります。
そのほか、はじめからすべてはそれである、すでにそうであるという視点で在る、そのように見ていく、というプロセスもあるでしょう。
(スタート地点でのそれぞれの成熟度合い等が違いますので、そのような在り方で本質がどのくらいすれば実感されてくるか、
どのくらい深く存在全体として実感されてくるか等は、まったくそれぞれであるということが言えます。)

> それよりも今この瞬間がすなわち「在る」そのもので、この瞬間を大切に生きる事で、「在る」がわかるのではという、思いが沸いています。

それも大切なことですね。
今そのような思いが(在るから)起こっているのでしたら、是非、それを実践されてみてください。
日常のひとつひとつを丁寧に生きること、丁寧であること等はブログにも書いてあります。
在るはすべてですから、その入り口、それを知るため、実感するための在り方は、ひとつではありません。
(居よう、在ろうと、マインドで目いっぱい努力し、疲れ果てて、マインドが静かになり、
自然に在れるようになることもありますし、今回のような他の在り方が沸いてくることなどもあります。
居よう、在ろうで、スムーズに在れるようになる場合もあります。
気質、タイプ、成熟度合い等で皆違います。)

無空庵では、その中の最も直接的な方法(在るに意識を向ける、在るそのものである、在るに戻る━焦点を戻す、あるいは、 
外側の対象に意識が向いていたのを自分自身、真の自己に戻す)を基本とし、その上で、上記のような
(日常のひとつひとつを丁寧に生きること、丁寧であること。
はじめからすべてはそれである、すでにそうであるという視点で在る等)
こともお伝えしております。

無空庵でお伝えさせて頂いていることを参考にされた上で、
ご自身から起こってくるものを納得いくまで実践してみてください。
基本はありますが、それと並行したり、あるいは、起こってくるもの、そのときどきでしっくりくるものを
より優先して実践されてもまったくかまいません。

(大きな意味では、それがその存在にとっては一番早いとも言えますし、ベストでもあります。
決まったひとつの実践方法を頑なに継続しなければいけないということではありません。
無空庵の基本の実践は、在るの本性でもあり、実践がより微細で精妙になってくれば、すべてはそれであるということも
お分かりになってくると思いますが、スタート時点では、タイプ等により、マインドが強く働いてしまう場合もありますので、
ご自身に合った在り方で在ってください。)

そのようなプロセスを通り、マインドは成熟し、全体的に落ち着いていきます。

> KuU

ありがとうございました。

無空
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