価値観の逆転

ここでは、「価値観の逆転」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているゆうらさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させて頂きます。

ゆうらさま

感想ありがとうございました。

> 無空様 こんにちは 
> セッションの感想を送ります。
>
> 共鳴
> なにもないことの心地よさ
>
> アイコンタクト
> 無空さんに私の核ともいうべきところを観られている感じでした。
> 自分は 無それそのものである、という可能性というか
> 感覚というか、なんというか、不思議な理解できない感じがありました。
>
> 瞑想
> 全てと共にある感じでした。
> 軽やかで楽しい感覚でした。
> その後、肉体の重さ、けだるさ、軽いイライラが起こりましたが、
> それも ただ そのままにという感じでした。
>
> ハート
> 元の素の純粋さ
>
> 立場を変えて
> 個人から完全に切り離されているなにか。
>
> ニュートラル
> 録音を聞き直しても自分が何を言いたかったのか
> 解りませんでした。

今回も、全体的に本質的なところをよく感じ取られていましたね。
>
>
>
> 日常では
> 前回お話いただいたおかげで、日常で在るにあろうとすることが
> 楽になりました。
> また、なにも無い心地よさ、自由さが なによりも大事だなぁと
> 思えることがありました。
> 自分が欲しいもの、欲しい状態より このなにも無いことのほうが
> 大切だと思えることが起こったことに自分が驚いています。
> 価値観の逆転とも言える感じです。

自然なシフトでもありますね。
相対を超えた何も無いこと(無・空・在る・真我)は、
すべての現れの土台、源、あるいは、全体を包んでいる全体そのものであり、
その豊かさ、自由さ、心地よさ等は無限であり、計り知れません。
そちらが主、あるいは、しっかりとした基盤、土台になってくると、
必要に応じて自然に起こってくる
“欲しい”(ただひとつであるものの中で起こる自然現象)等も、
とても純粋で、軽やかなものとなっていきます。
(自然で、静かで、パワフルであるとも言えます。)
それは起こってくることがありますが、それにとらわれることはありません。
そして、何も無いこと(無・空・在る・真我)が主となっていますので
それにとらわれる者(個人)もいません。

> ありがとうございました。
>
>
> では、本日もよろしくお願いします。

ありがとうございました。

無空
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