個人はいない、在るだけが充満している。が今のところキーのように感じられています。

ここでは、「個人はいない、在るだけが充満している。が今のところキーのように感じられています。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられている***さんから頂いた感想と無空の返信を、
参考までにご紹介させて頂きます。

***さま

感想ありがとうございました。

> 無空様
>
> 今週もありがとうございました。
>
> 感想を送りますね。
>
> どのくらいのものを受け取れるかは受け手次第といっても
>
> 起きることしか起きないし、
>
> 日常でもセッションでも
>
> 私個人を通じて起きることのパターンに
>
> うんざりしながら気づいていても、
>
> パターンが起き続けるのならば起きる。
>
>
> 近頃はすっかり分からなくなってあきらめが増え、
>
> どうにか理解が落ち着くまで、
>
> 取り上げられること無くセッションが続きますようにと
>
> 願うことが起きています。
>
>
>
> うれしいとはいえない内容が
>
> 在るの中で在るから在るとして起きては消えていくのはもう十分味わったので、
>
> 愛や幸せや喜びをストレートに感じて、理解が深まる。
>
> 今からでもそんな起こりかたがいいなと思います。
>
> ↑これは個人から在るへのお願いですね。


はい、そのように個人の立ち位置から起こっているという認識、気づき、

今、個人がそのように思っている、

今、そのように思っている個人がいる、という認識、気づきが在ることで、

存在全体の純化、変容、成熟、統合等が促されていきます。

状況により、それは自然に起こる個人であり、

個人の思いかもしれませんが、やはり起こることはただ起こってきます。

起こることはコントロールできません。

それは、起こることはどのようであってもよい(どのようであってもよし)、

(さらに進めば、何かが起こる、ということ自体の奇跡、

それに気づくことができるという奇跡、そのことの素晴らしさにも

開かれていくことが可能です。

また、「起こることはどのようであってもよい」という態度、在り方が

基本として在りながら、そのときどき、個々の状況に応じて、

~であってほしい等の思いが起こってくることも自然なことです。

そのような基本的な在り方で在れるならば、起こってくる思いどおりに

いかない場合でも、それにとらわれることはありません。)

というコントロールがいらない領域、

すべては━本質において━望む前から与えられていると直知できる領域、

コントールしよう、したいが起こってこない、

すべての現れが起こる前の立ち位置、あるいは、理解にしっかり落ち着いてはじめて、

(別の視点からは、全体として、あるいは、愛そのものとして、

または、愛で、起こることを真に肯定、あるいは、まるまる受容できたときはじめて)

個人の立ち位置からでは起こらなかった、起こってくることの質や内容の変化が

起こってくることがあります。

また、内容がまったく変わらない場合でも、その立ち位置にあれば、

感じ方が変わってきます。

質的な変容が起こります。

そして、その在り方を続け、貫くことができれば、

それは、個人の尺度、認識を超えて、

さらに全体の変化、変容は広がり、大きなものとなっていくでしょう。

起こってくる内容に注意が向いていると気づいたら、

(それも習慣として自然に起こりますので、それはそれでOKです。)

内容判断、内容認識が始まる前のところに戻りましょう。

在るそのもので在りましょう。

それを継続することにより、存在全体の純化、変容、成熟が

さらに進んでいくでしょう。

自己理解が進み、在るの立ち位置からの作用が、

いつも自然に働くようになってくるでしょう。

識別の視点から、個人と言われるものが起こっているときでさえ、

それは働くでしょう。

そのとき、個人と言われるものは何の問題もなくなるでしょう。

素晴らしい現れ、

素晴らしく現れた多様性のひとつとして認識されるでしょう。

起こっては消えていくもの、

そしてまた必要なときには、自然に起こってくるものとして、

軽やかに認識されるでしょう。

また、一元性の視点からは、起こってくる個人も含め、すべての現れも

真我であり、個人はいない、となり、

個人感覚のようなものも含め、様々な感覚は起こりますが、

一元的理解、あるいは、非二元的理解がすべてに浸透し、

よりニュートラルに、より自然に、すべてはあるがまま、起こるがままで

在れるようになるでしょう。

それまで個人感覚と名付け、そのように感じ、認識していたもの、識別していたものにも

よりとらわれなくなっていくでしょう。

自然にとらわれが起こることも含め、

それを含み超え、在れるようになっていくでしょう。


今あるところより、もうひとつ深い在り方、理解のところに在れるようになると、

違った認識、感じ方ができるようになってくるでしょう。

> 個人はいない、在るだけが充満している。
>
> が今のところキーのように感じられています。

はい、今、キーに感じられているものは、それぞれの存在にとって

今大切なものです。

そこに注意を向けていきましょう。
>
> それでは次回もよろしくお願いいたします。
>
> いつもありがとうございます。
>
>
> ***

こちらこそよろしくお願いいたします。

ありがとうございます。

無空
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