本当の理解は理解するものはどこにもいない でした

ここでは、「本当の理解は理解するものはどこにもいない でした」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられている青さんから頂いた感想と無空の返信を、
参考までにご紹介させて頂きます。

青さん

感想ありがとうございました。
>
> 無空さん
>
> 「在る」のセッションをありがとうございました
>
> 自身を知ることが
>
> すべての根本解決
>
> 根本解決とは
>
> 満たされた愛であるという自覚が
>
> 生活の隅々に広がっているということです
>
> そこには丁寧さが
>
> 謙虚さが
>
> 清さ、正しさがあります
>
>
> ごまかしや
>
> 自分勝手
>
> 自己中心的な正当化など
>
> 青自身の中にもいっぱいありますが。。。
>
> さて
>
> 今週は自分に都合の悪いことがぼこぼこと現れていました
>
> ずっと怒って泣いてましたねえ~~

大変でしたね。

現れの世界では、個人が望むこと、望まないこと等

様々なことが起こってきますね。
>
>
>
> その正しさ
>
> その美しさは
>
> すべての人が持つものではありますが
>
> そこにフォーカス出来ている人は少ないですね
>
> (自分も含めてです)
>
> そこに目覚めたるものの存在の
>
> 真の力が知りたかったのかな^^
>
> 今日は少し無空さんに噛み付いていましたね
>
> すいませんでした

大丈夫です。
>
>
>
> さて
>
> 今日は
>
> 録音が出来てなかったので
>
> きっと
>
> すべて
>
> きれいに忘れてしまうと思います
>
> 大急ぎで
>
> 書いていますが
>
> 最後の立場なし・ニュートラルでは
>
>
> その理解は誰がしていますか?でした!!
>
> 衝撃でした
>
> 理解が在るだけなんですね

はい、“それ”そのものだけが在ります。
>
>
>
> あまりに神聖な
>
> 「理解」そのものでした
>
>
> 自身を理解するということは
>
> それそのものの根本でもあり
>
>
> それは
>
> それを知るもの
>
> しかし
>
> その知るものは
>
> どこにいるのでしょう

それを知るものは、それ自身。

それと異なる何かではありません。

(在り方、起こり方、現れ方は様々であるとも言えますが、

本質的には、そのように言えます。)
>
>
> 生きていて
>
> 様々な状況や
>
> いろいろなことが起きています
>
>
> その中で
>
> 人が感じて
>
> 人が生きるということは
>
> いったいどういうことなんだろうと思う今日この頃だったんです

マインドを超えたところでは、すべては純粋な体験です。

現れた人にとっては、人それぞれ、様々な体験となります。

それもまた、とても貴重で素晴らしいものであると言えます。

存在全体は、そのすべてを体験しています。
>
>
>
>
> その理解を知るものはいないのですね
>
> 理解の「在る」があるだけなんですね

そうですね。

本質、変わらない真実においては、そのように言うことができますね。
>
>
>
> そのことに気がついているか
>
> そのことと共に在るのか(生きているのかどうか)
>
> そんな答えをもらったようなセッションでした

よく受け取られていますね。
>
>
>
>
>
> さて
>
> 始めの共鳴は
>
> 横隔膜に響いて「愛」でした
>
> 深いリラックスでした
>
>
> アイコンタクトは
>
> 今週出てきておりました日常で
>
> 嫌だあ~~~~って叫ぼうにも
>
> 叫ぶ者がいないなあ~~って思っていました

そこに“誰か”がいないとき、

そこにはただ状況があるだけで、

何の問題もありません。
>
>
> 瞑想は
>
> 本当に心地よかったです
>
> 共鳴中始めから
>
> その心地よさの中
>
> 再びじっくりと考えていました
>
> (今は何を考えていたのかも思い出せません~(^0^))
>
>
>
>
>
> ハートの共鳴は
>
> 貫かれている
>
> 「愛」でした
>
>
> 「在る」の根本理解は
>
> それに向かう
>
> それを知るもののみ有効なのでしょうか?
>
> という問いが出てきました
>
>
> その愛は
>
> どのようにも流れていきますよね
>
> 知るものであっても
>
> 知らなくても
>
> そこから何を汲み取るのかは
>
> 本当にそれぞれで
>
> 相手の自由に任せるものですよね

そうですね。
>
> たとえ
>
> それが
>
> 相手の都合の悪いことであってもですね。。
>
>
> 相手の望みや気持ちは痛いほどよく分かる青ですから
>
> それを与えることでどんどん強固になっていく依存が苦しいのです

そうですか。
>
> 在るの根本理解は
>
> こちらの青にのみ有効で
>
> 相手には何も起こってはいないのかなあ。。。(涙)
>
> 理解は
>
> それを理解と欲するものの上にしか起きないのでしょうか。。

貫き在ることが大切です。

すべてを超えて貫き在ることです。

在るが貫けないものはありません。

ときを超え、時代を超え、次元を超え、時空を超え、すべてを超えて

それは、貫き在ります。
>
>
>
> ということが出てきていたのです
>
>
>
>
> さて
>
> しかしながら
>
> 貫いている「愛」は揺ぎ無く力強かったです
>
> 立場を変えては
>
> その貫く愛が
>
> まっすぐに
>
> 立場を変えて起こっているようでした

とてもよい感じでしたね。
>
>
>
> 立場なし・ニュートラルは
>
>
> 本当の理解は
>
> 理解するものはどこにもいない
>
> でした
>
>
> 神聖さだけがありました

はい、それだけが在ります。

>
>
>
>
>
> 無空さん
>
> いつも
>
> ありがとうございます
>
>
> 「在る」の理解が
>
> まだまだ不確かな部分があります
>
> マインドで処理してしまったようなところでしょうか
>
> 在るはこうあるものなのだ
>
> みたいな思い込みや

ありそうですね。
>
> そうでなければ
>
> 現世利益ではありませんが
>
> いったいどうして
>
> その「在る」を理解しようとしているのか?という
>
> マインドが働いてきていました

はい。

そのこと自体にもちろん良い悪いはありませんが、

その立ち位置は、いろいろ悩みや問題が起こってくるところでも

あります。
>
>
>
> 生きていることは
>
> 「在る」からみれば
>
> それが起こっているということ
>
> そのような理解でいいのでしょうか

はい、シンプルにはそのように言えますね。

ただその理解の厚み、深まり等は無限であり、

感じ方や、そこから展開する理解もまた、

そのときどきである意味、違う

と言うこともできます。
>
>
> 生きていると言う言葉をひとつ使う時でも
>
> どの立ち居地であるのか
>
> どこに向かい話しかけている
>
> 言葉なのかによっても変わってきますよね

そうですね。
>
>
>
>
> 現実と呼ばれる状況や出来事は
>
> 「在る」からみれば
>
> それが起こっているということですよね
>
> 深い在るでは
>
> 何も起こってはいないという感覚がハッキリとありますよね

はい。
>
> その視点であって
>
> 起こる起こる起こる現実と呼ばれる状況や出来事は
>
> だた気づいているという
>
> その理解に気づいているということのほかに
>
> 愛であること
>
> その愛の感覚に気がついていることと
>
> 他に自分自身が感じている感情や感覚などのほかに
>
> どう在ればいいのでしょうか

在るの立ち位置からは、在ること、起こることすべてよし、です。

いつも全身全霊全力の青さんであれば、それがベストです。

全体で在り、全体ですべてのことに向かってください。

全体が動くとき、そこに間違いはありません。

全体が動くとき、そこに動きはありません。

動いている者もいません。

そこには、全体そのものである愛だけが在ります。
>
>
>
>
>
>
> すいません
>
>
> 今週は
>
> まとまらない感想ですね
>
>
>
> また来週どうぞよろしくお願いいたします
>
>
>
>
>
>
>
>
>
>
>
>
> 青

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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