無空庵のセッション、そして、ゼロ意識共鳴セッション時の在り方、姿勢。

ここでは、「無空庵のセッション、そして、ゼロ意識共鳴セッション時の在り方、姿勢。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられている方から頂いた感想の返信の一部分を抜粋、一部修正して、参考までにご紹介させて頂きます。

> ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
> もし何か思いつかれることがありまし たら お話を
> お聞かせ下さいませ。

承知致しました。

ただ、・・・・・・・・・・・・・・・・・、ということもあり、

なかなか話は出てきにくいかもしれません。

また、そうでなくても、自然に起こるときは起こりますが、

基本はただ在り、1週間のご報告を頂いたり、共鳴中の確認等する中で、

何かあれば、応答、反応等が起こるという感じです。

(受け始めのころは、特にそのような傾向がありますが、

必要によりたくさん話が起こってくることもあります。

そして、在るが分かってくるに従い、より静かに、

よりシンプルになってくるという傾向があります。

ただ、在るで在りながら、それを感じながら、二人でそこに焦点を当ながら、

お話ししていく中で、確認が起こったり、新たな気づきが起こったり、深まったり、

というようなセッションもありますので、一概には言えません。

タイプ等にもよります。)

在るの在り方として、ただ在り、見守っている、

そして、鏡のようなものとしての側面もあります。

また、ただひとつであるもの、あるいは、ただひとつであるすべてとして、

その中で起こることに対して、

即座に、あるいは、必要なタイミングで、

自然に、必要な分だけ、反応、対応、応答が起こる、という

ところもあります。

(無空庵では、「答え」という表現よりも、

「応え」、「応える」という表現が多く起こっているのも、

その在り方を反映しています。)

具体的なお話等には、より具体的な反応や応答が起こる、

ということが自然です。

(「叩けよさらば開かれん」、「求めよさらば与えられん」、

「準備ができれば、悟り・真実の方からやってくる」等の

言葉もありますが、それらにも通じるところがありますね。

━上記の言葉に対し、「在る」の視点からひとつ表現してみれば、

「在れ、さすれば、すでにすべてが在ること、

すでにすべてが与えられていること、

すでにそうであることに気づくだろう。

すべてが在るであること、

自身がすべてであることに開かれるだろう。

何も起こらない、ということも含め、必要なすべてのことは

ただ起こるだろう。」━


また、具体的なご報告やご質問等を頂いても、

お話の内容や、それが話されるタイミングであるか、

受け取られるタイミングであるか等にもよりますので、

あまり具体的に言葉が起こってこない、

適切に言葉が起こってこない、

どうしてもそのようになってしまう、ということもあります。)

そういう意味で、今もそう在られると思いますが、

受ける方の在り方、姿勢(在るの実現、深まりに対する姿勢、

あるいは、真にあるがまま、自然体でニュートラルな姿勢等)等が

とても大切です。

リラックスしてただ在るということも含め、

セッションにどのような姿勢で臨まれているか、ということがとても大切です。

それにより、どれだけ深く、濃い共鳴が起こるか、

そのときどきに応じた適切な共鳴が起こるか、

真の自分自身でもある在る(真我・空・今そのもの・未知そのもの・無限そのもの)から

どれだけのものを引き出せるか、受け取れるか、感じ取れるか等が変わってきます。
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