誰のマインドというものはない

ここでは、「誰のマインドというものはない」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているA.Tさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

A.Tさま

感想ありがとうございました。

> 無空様
>
>
>
> 第90回目のセッションも、真にありがとうございました。
>
>
>
> 今日のお話でもありましたが
>
> 理解の深まりとともに、
>
> マインドは、一つの視点では“個”としてありながらも
>
> 全体であるということ。
>
>
>
> 無空さんが何度もおっしゃって下さっている
>
> 「誰のマインドというものはない」
>
> ということが、より深く開かれてきました。

いいですね。
>
>
>
> 十何年前に一瞥が起こった後
>
> これまで、ある意味、無意識に生きていたところから
>
> (死んだ後、走馬灯のように、自身のしてきたこと
>
> それにより、与えた影響を振り返ることになるともいわれるようなこと)
>
> が起こり、まったく自己弁護できないほどに
>
> 自分の人生を振り返させられるということが起こりました。
>
>
>
> それから起こったのは激しい自己嫌悪、罪悪感でした。
>
> それは、無空庵に出会い、無空さんからセッションを受け続け
>
> 何度も何度も“ただ 在る”をただ実践し
>
> 気づけば、とらわれが落ちていたというところです。
>
>
>
> このところの過去の出来事が思い浮かび、その時の感情が浮上し
>
> 現れとして、愚痴や批判が起こり、、、といったようなことも
>
> ただ気づいていました。
>
> とらわれていることにも、ある意味とらわれずに在りました。

そこも大事なポイントですね。
>
> とらわれに気づいたところから“ただ在る”にただ何度も戻りました。

基本ですね。
>
>
>
> そこから開かれてきたのは、
>
> 個として起こってきたように感じていた
>
> 「出来事(トラウマ)、感情、思考、行動など」も
>
> また他人といわれるものに見られたそのようなことも
>
> ただ全体的な、ある意味“浄化”であるということ。
>
>
>
> それらが詳細な部分でも、すべてを含んだ全体でも
>
> “ただそうである”であり
>
> やはり、何も起こっていないという真実。
>
>
>
> 無空さんという何も起こっていないところから
>
> 「誰のマインドというものはない」
>
> 「現れだけでは、わかりません」と何度も聞かせて下さり
>
> 十何年と(ある意味、生まれる前から)持ち続けていた
>
> 自己嫌悪、罪悪感にも、とらわれが落ちていました。
>
> それらが起こるも起こらないも自由、“ただそうである”です。

はい。
>
>
>
>
>
> 今回の共鳴は、あまり言葉にならず
>
> 言葉が起こっても、しっくりとこない感じでした。
>
>
>
> ニュートラルの時に感じた
>
>
>
> ・・・含んで ・・・超えて
>
>
>
> (・・・の部分は、“すべて”とも浮かびましたが
>
> それも含んで、超えているとも感じました。)
>
>
>
> これが今回のセッションを、よく表しているように思います。

そうですね。
>
>
>
> 感想は以上です。
>
>
>
> 次回もよろしくお願いいたします。

こちらこそよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

無空

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