意識覚醒・悟り・目覚め・真我実現のための導師・教師の必要性 個別指導の必要性

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在る

これまでの覚者も、非常にまれな場合を除いて、1人で幻想の壁を超えていくのはなかなか難しいということを言っています。
無空庵のゼロ意識共鳴個人セッションは、1人ではなかなか超えられない幻想の壁を越えていくことを可能にします。

近年の覚者、ラマナ・マハルシ等の本から参考までに挙げさせて頂きます。

●ユング、ガンディーが敬慕した20世紀最大の覚者と言われているラマナ・マハルシの本から

・真我の永久的自覚を求めて努力している者たちのほとんどにとってグル(師)が必要であることは、シュリー・ラマナの教えの中でも基本的な見解となっている。
霊的進展におけるグル(師)の触媒的役割は、それゆえ決定的なものである。
非常にまれな例を除いて、真我への無知は大変深く根づいており、個人である探求者にとっては自らの努力でそれからの逃れることはきわめて難しい。

・あなたが自分を分離した身体であると考えているかぎり、外側の師は必要であり、彼は身体をもって現れるだろう。
身体との誤った同一視がやんだとき、師が真我以外の何ものでもなかったことを知るだろう。

・真我を見る人は、他の人たちが真我を見ることを助けるパワーを持っています。

・グル(師・教師)が沈黙していれば、弟子の心は自動的に浄化される。

・グルの眼差しには浄化作用がある。
その浄化作用を目で見ることはできない。
石炭を発火させるには長い時間が必要であり、木炭であれば短い時間ですむ。
火薬であれば発火は瞬時に起こるだろう。
マハートマのもとを訪れる人の段階もそれと同じである。
智慧の炎はすべての活動を燃やし尽くす。
賢者の交際(サットサン)、あるいは彼らとの精神的接触によって、智慧は培われるのである。

・沈黙の教えは真の教えである。
それは完全な教えである。
それは最も熟達した探求者にのみふさわしい。
他のものにとって、それから完全なインスピレーションを引き出すことは不可能だ。
それゆえ、彼らは真理を説明するための言葉を必要とするので在る。
だが、真理は言葉を超えている。
それは説明を許さない。
ただそれを指し示すだけである。

・質問者 
私は自分の力で集中することができません。
私を救ってくれる力を求めています。

マハルシ 
そうだ。それが恩寵と呼ばれるものである。
精神力が弱いため、個人としてのわれわれには集中は不可能だ。
それゆえ、恩寵が必要となる。
・・・・・・・・・・・・弱者が強者の庇護の中に入れるように、精神力の弱い者の心は精神力の強い賢者の臨在のなかで容易に制御される。
ただ恩寵のみが存在する。
それ以外に存在するものは何もないのである。

・まずサットサンとは、実際には、非顕現である真理(サット)あるいは絶対的存在との交際を意味している。
だが、それができるものは非常にまれなため、弟子は二番目に効果的な顕現された真理、つまりグルとの交際を選ばなければならない。
想念は執拗に起こり続けるため、賢者との交際はどうしても必要となる。
賢者はすでに心を克服し、平和の内に在る。
彼の臨在の内にあることは、この平和の状態を他者にもたらす助けになる。
さもなければ彼との交際を求める理由はない。
グルは誰に見られることもなく、このために必要とされる力を弟子に与える。

・賢者たちと親密に生活し、共鳴して接触している人々は、彼らから徐々にサマーディ(真我への吸収)の習慣を吸収します。

●「パワーかフォースか」より

・エネルギーフィールドが550か、それ以上で測定される指導者がそばにいることで、まだ悟りを開くに達していない弟子たちが崇高さを体験することはよくあります。
これは、パワフルなアトラクターフィールドが優先することによって起きる「同調化」のプロセスを通して現れます。

・精神の修行をする人たちは、師のエネルギーに自分を合わせることです。そして、レベルの高い師にただ焦点を合わせるだけで、自分の進歩を促すことができます。

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