真我の体験とは愛~ラマナ・マハルシ「あるがままに ラマナ・マハルシの教え」より

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昨日に続き、ラマナ・マハルシ(マハリシ)の本「あるがままに ラマナ・マハルシの教え」より。

愛そのものが神の姿である。
「私はこれを愛さない」「私はあれを愛さない」とすべてを拒絶していくと、拒絶しきれないものが残る。
それがスワルーパ、真我の無形態の形態である。
それは純粋な至福である。
純粋な至福、神、アートマ、好きなように呼ぶがいい。
それが帰依、それが真我の実現、それがすべてである。
 
あなたがこのように拒絶すると、ただ真我だけが残る。
それが真実の愛である。
その愛の秘密を知った者は、世界が普遍の愛で満ちていることを知るだろう。
 
真我の本性である愛を知る人にのみ、強くからまった生のもつれは解きほどかれる。
愛の高みに達した人にのみ、解脱は成就される。
それがすべての宗教の本質である。
真我の体験とは愛である。
それはただ愛だけを見、愛だけを聞き、愛だけを感じ、愛だけを味わい、愛だけをかぐ。
それが至福である。


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