人はもともと完璧な存在。

ここでは、「人はもともと完璧な存在。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているM.Uさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。(その1)

M.Uさま

感想ありがとうございました。

> 本日6回目のセッションありがとうございました。
> 感想を送ります。
>
> いらいらがひどくなかなか共鳴ができませんでしたが、次第に入っていきました。
>
> 自分が自然界と繋がっている感覚が宿りました。一人じゃない。一人でいても一人じゃないという感覚でした。

深い所にいらっしゃいましたね。
そうです。
何者も離れていません。
すべては繋がっていて、すべてはひとつです。
>
> この感覚が定着したら、寂しいという感覚も自然に消えていきそうです。全てと繋がっている、人は孤独ではないんだなと感じました。
>
> さーっと視野が開けてきて、青い空が目の前に現れました。空っぽの感覚が湧きあがりました。

空(くう)ですね。

> アイコンタクトの時、全ての人に仏の心が内在するという感覚がやってきました。不思議でした。人はもともと完璧な存在という感じが起こりました。

そのとおりです。
在るという点においてすべての人が完璧です。
そのレベルに変わらない真実が在ります。

その完璧である在る(真我・空)から現れているのが人です。
完璧の現れであるのですから、あるがままに見ることができれば、人はそのままで完璧です。

それが真我の視点です。

ただその現れにおいては、多様であるということです。
現れのレベルを一律にする必要はありません。

すべてが同じであるのなら、それは空(真我・源)に留まったままです。
違いがないところに相対的な時間、空間は存在しません。
それは、絶対の領域から一歩も出ていない状態です。

(本当はそうなのですが。・・・・・絶対が絶対のまま相対となっている現れている。絶対であり、相対である。ひとつであるものが、ひとつであるまま多様となって現れている。静寂が静寂のまま、躍動している。静中動あり。動中静あり等。)

その源、在るというところですべてはひとつで、すべては同等です。
そして、その現れの領域では、在る(真我・空)の無限の側面、無限の質が、美しく、そして、素晴らしく多様となって現れています。


次回に続きます。

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