真我はその状態も含むが、それ自体は在るという普遍的事実。

ここでは、「真我はその状態も含むが、それ自体は在るという普遍的事実。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.Iさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Iさま

感想ありがとうございました。

> 無空さま
>
> 第12回目のセッションありがとうございました。
>
> 以前に比べて、共鳴を始めた途端に体にエネルギーみたいなもの感じることはなくなりましたが、体の内側に微細な平安や喜びといった感覚が生じているのを感じているのがわかりました。

共鳴での感じ方も、進んでいくとより微細なものに変化していきます。

> 今は、日常においても意識を意図的に内側に向けるようにすると、微細な喜びや平安の感覚を感じることができます。
> これが「真我」と呼ばれる状態なのでしょうか?

それ(真我)とつながっているとき、あるいは、それそのもので在るとき、喜びや平安の感覚があります。
(感覚はその時々で変わることもあります。)
真我の一つの側面の体験と言えるでしょうね。
(同時にそれは喜びそのもの、平安そのものでもありますが。)

真我にはたくさんの側面があります。
より普遍的な側面で言えば、それは(純粋な)意識であるということです。
様々な側面がありますので、体験を重ね、それをトータルに捉え、理解し、それが本当の自分であるという受け入れを進めていく、あるいは、個人から真我へとシフトしていくということが大切です。

K.Iさんの次のステップとしては、さらに体験を重ね、それが真我であると、腑に落ちた理解が起こるというところですね。

> ただ、一度日常の雑念に巻き込まれていると、そちらの方に意識が向いてしまい、喜びや平安といった感覚がなくなるので、もう少しセッションを続けて「真我」を確立してシフトしていきたいです。

そうですね。

> 世の中は正直生きづらいと感じる面が多いですが、「真我」の状態を確立し、何があっても体の内側に変わらぬ喜びや平安を自然にもっている状態になりたいです。

そうですね。
真我に確立していくと、生きづらいと感じているマインド・個人も徐々に落ちていきます。
また、「真我」であるときの状態というのはありますが、真我そのものは状態というより事実(実在)です。
そしてその状態を安定させるためには、やはり腑に落ちた理解が必要です。
また、逆説的ではありますが、喜びや平安にも捉われないということも大切です。
その辺のポイントも覚えておかれるとよいと思います。
>
> 短いですが、今回の感想とさせていただきます。
> 今後ともよろしくお願いします。

こちらこそよろしくお願い致します。

無空


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