無空庵の個人セッションは、ゼロ(仏教では空)の場による心の浄化法、本当の自分を知る方法、心の平和・愛と幸せ・真我覚醒・真我実現を促す方法です。

●ゼロ意識共鳴で、真我・無限の愛である本当の自分に目覚め、本当の自分を実現する!

真我はただ在る。ただ自分自身(愛)である。シンプルな生き方。シンプルな在り方。
無空庵で「愛」(存在の愛)と「空」、そして「在る」こと(自分自身であること)の素晴らしさを知る。
悟り・覚醒・変わらない愛と幸せ・心の平安を実現!

無空庵では、スカイプで全国の方を対象に、ゼロ意識共鳴個人セッションを行っています。
個人セッションは、ゼロ(仏教では空)の意識の共鳴ワークであり、心の浄化法、本当の自分を知る方法、無限の愛と自由、心の平和、本当の幸せ、真我覚醒、真我実現を促す方法です。

ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジ、フーマン、エックハルト・トール、ガンガジ等の言及する「悟り」「覚醒」「真我」「本当の自分」の実現をサポート!メッセージ1 メッセージ2

※多忙のため、セッションに関するお問い合わせの返信には、数日~1週間くらいかかることがあります。また、同様の理由により、読者の方からのご質問にはお答え致しかねます。ブログへのコメントにもお返しできないことが多いと思いますが、あわせてご了承願います。

公開・日々の小さな合同共鳴
※どなたでも、森羅万象あらゆる存在の意識参加自由。
毎日6時、10時、11時、11時40分、13時10分、16時15分、17時、18時、21時 2011・11・3~
(6時以外は、無空庵の基本セッション時間です。)。
各30分(その内何分でも構いません。ただそっと意識を向けてみてください。そして、できる方はご自身の存在感覚、在るという感覚、又は、気づいている意識に気づいていてください。)
※参加された方々の記事。
蓮さん①, wingさん①のびのびさんsatorinさん

公開・週一合同ゼロ意識共鳴
※どなたでも、森羅万象あらゆる存在の意識参加自由。
毎週木曜日21時と21時30分から各30分間。 2011・11・10~
※こちらの記事もご覧ください。合同ゼロ意識共鳴は、集合意識の変容を促す。+感想③
第1回感想①感想②
※参加された方々の記事 しみっちさんWingさん蓮さん

今回はセッションを受けられているT.Aさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

T.Aさま

感想ありがとうございました。

> 無空さま
>
> セッションありがとうございました。
>
> 真我共鳴継続の恩寵についてあらためて感謝申し上げましたが、
> 無空さんに共鳴をお願いしたころは、自分の意思で継続をしていると思っていました。
>
> 継続の恩寵によるサポートが起こリ続け、サポートされていると感じてから
> 感想時に毎回、お礼を書かせていただくようになりました。

個人を超え始め、意思を超えたものを感じ取られていたんですね。
進んでくるとやはりそのような感覚も起こってきます。
セッションの継続は、個人を超えたところで起こっていると。

(あるいは、表層の個人的な意思はより希薄になり、ただそうであるという感じになってきます。
これは、セッションを継続する、しないということだけでなく、すべてにあてはまります。
より深いところ、選択を超えたところ、本質からそのように起こってきていると感じられるようになるかもしれません。
その辺の感覚は、A.Tさんの記事
「真我であり、在るであるという自覚がしっかりしてきたように思います。」にも表されています。)


これは、真我(在る)の 真我(在る)による 真我(在る)のための セッションです。

全体(愛)の 全体(愛)による 全体(愛)のための セッションです。

そしてもちろんそれは、ゼロ意識共鳴に限らず、現れのすべて、あらゆる関係性すべてがそうだと言えます。

すべては、ただひとつの真我(在る・愛・全体)の中で、

ただひとつの真我(在る・愛・全体)により、

ただひとつの真我(在る・愛・全体)のために起こっています。

それが、真我(在る・愛・全体)の自分自身に対する愛です。

それだけが実在です。

> 在るから、在るに助けられて、在リ続けることが出来る・・・
>
> ただ、ただ、在ることのみであることを、改めて気づいています。

素晴らしいですね。

シンプルな再認識が深まり続けられていますね。

ひとつであるものの本質、本性によるシンプルな深まりは無限です。計り知れません。

とても普通で、とても自然でもありますが、次元を超えるなどという言葉では
到底表しきれないほどの深み、広がり、奥行き、全体性があります。

それは、ただひとつであり、また究極にシンプルゆえに、そうだと言えます。

「貧しい者は幸いである」という言葉がありますが、

何も所有せず(思考、感情も含め、自分自身ですら)、何ものにもとらわれず、
シンプル、単純、自然、普通であることの素晴らしさを知り、
そこに落ち着けるものは幸いであると言えます。

ただそうである者は、永遠、普遍性、絶対の自由、絶対の安らぎ、
至高の幸せと無限の可能性を享受できるでしょう。

> 帰国後、体の疲れと思っていましたが、無空さんがおっしゃったように
> 疲れというより新たな変容が起こっている感じがします。
>
> 常に留まっている感覚があります。
> 自分だけでなく自然も留まっています。
> そして静寂の中にいます。
>
> 思い出しましたが、喧噪の上海でも静寂でした。
> その感覚がさらに増している感じです。

とてもいいですね。

自分=自然=静寂

ですね。

> セッションの感想です。
>
> 意識共鳴       愛そのもの
>
> アイコンタクト     源
>
> 瞑想          総て
>
> ハートの共鳴     静寂なる愛が息づいている
>
> 立場を替えて     無
>
> ニュートラル      確か 不動
>
>
> 全体を通して、核に触れたというか、核に在ったような感じです。
> きっと、深く深く、しっかりとあったのだと思います。

そのとおりです。
共鳴もさらに深奥なる核心へと進んできていますね。

>
> 今回も、無空さんの真我共鳴を継続していただけました恩寵に
> 感謝いたします。
> ありがとうございました。
>
>                     T.A

ありがとうございました。

無空

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今回はセッションを受けれられているNさんから頂いた感想をご紹介させて頂きます。

無空様

こんにちは。Nです。感想を送らせていただきます。

7/19(2010年11月8日より164回目)

セッション:今回は始めから中間あたりまでマインドが少し騒がしく、最後の中
立の共鳴になってようやく静まった感じでした。「在る」より「気づいている」
の方がやりやすく、そちらを意識していました。


よろしくお願い致します。
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今回はセッションを受けられているかまらさんから頂いたメールと無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

かまらさま

メールありがとうございました。

> 無空 様
>
> こんばんは~
> いつもありがとうございます。
>
> 今週は、またまた何もありません。
> 感情を揺さぶられるようなことも、思考もなく…
> 穏やかに、自然のまま、ありのまま、川を流れる水のように、
> することは淡々とこなし、何もしない時は何もせず、
> 頭もたまには使わないとボケちゃうかな~?!って思いながら、過ごしていました(笑)
>
> 短くってすみません。
>
> またよろしくお願いします。
>
>
>
>    かまら

穏やかさ、自然さ、あるがままを実現されていて、とてもいいですね。

ありがとうございました。

無空

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今回はセッションを受けられているそらさんから頂いた感想をご紹介させて頂きます。


無空さん



いつも大変お世話になっております。

第8回目の感想です。





「はじめの共鳴」 全体への気づき

      

「アイコンタクト」 幻想を超えて



「瞑想」深奥、知性の拡張



「ハートの共鳴」 幻想を超えて愛せる



「立場を変えて」 全体、全てを包める、愛そのもの、解放



「ニュートラル」 不動の在る





トータルで自然な有機的統一体として感じられています。

柔らかで、あるがままがこの生命を通り抜けて行くのを穏やかに見守っています。



充たされている

もう充分



と感じています。





いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願い致します。





そら

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今回は、セッションを受けられているRさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

Rさん

感想ありがとうございました。

> 無空さんへ
>
>
>
> Rです。
>
>
>
>
>
> 今回の感想は長くなってしまいました(^0^;)
>
> すごく語りたい気分だったので、わぁっと書かせていただきますね。


おおー、そうですか。
>
>
>
>
>
> 39回目のセッションは、
>
> 過去最高で! 素晴らしかったと思います(^0^)


本当に素晴らしかったですね(^O^)
>
>
>
>
>
> 今後、さらに素晴らしさが更新されていくかもしれませんし、
>
> ごくごく普通のときもあるかもしれませんが、
>
>
>
> どちらでもいいですね^^


はい。
>
>
>
> どちらでも、「それ」なわけですから。


そうですね。

コミュニケーションが、トータルに「それ」を知っている存在同士のものに変わってきましたね。


>
>
>
>
>
>
>
> 私はもう、「これ(真我)」を忘れることはないだろう。
>
> と思いました。
>
>
>
>
>
> どれだけマインドの世界に没頭してしまっても、
>
> 感情が揺さぶられてしまっても、
>
>
>
> 私はまた「ここ(真我)」へ還って来て、
>
> また静かに在ることが出来るだろう。
>
>
>
> と思いました。
>
>
>
>
>
> そのような自信? 確信? が突如、芽生えました(^0^)
>
>
>
>
>
> 無空さん。
>
>
>
> 私と真我を出会わせてくれて、思い出させてくださって
>
> ありがとうございます。
>
>
>
> 目に見える形として、話が出来る形として、
>
> 私の前に現れてくださって、ありがとうございます(^0^)
>
>
>
> この出会いに、恩寵に、
>
> 今、感謝したくなりました^^


こちらこそありがとうございます。

そのような機会に立ち合わせて頂けることは、

真我にとって何よりの喜びです。

>
>
>
>
>
>  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
>
>
>
> 39回目のセッション感想です。
>
>
>
> 東京のRGKの時、
>
> 私にしてはめずらしく「不動」というのが
>
> ずっと起こっていましたが、
>
>
>
> 今日も「不動」でした。
>
>
>
> 不動でありながらも、静かで、また同時に満たされていて、
>
> よい感じでした。


そうでしたね。

とてもよい感じでしたね。
>
>
>
> 無空さんが、画面の中で
>
> 若くなったり、年を取ったり、そんな現れが起こりましたが、
>
>
>
> 「そういう風に見えることもあるのね~」というスタンスで、
>
> 在るにいられました。
>
>
>
> 私は元々、目の前の現象に惑わされないタイプみたいですが、
>
> 今回、そのまま在るにいられたことで、
>
>
>
> 自分の成長を垣間見ることができ、
>
> よい体験となりました^^


成長を確認できること、実感として認識できることはとても大切ですね。

真我は、いつも在ること、ただ自分自身で在ることで満ち足りています。

その上で、起こってくる様々な現象は、軽やかに、かつ、味わい深く楽しまれます。

真我の態度、在り方である「これでいい」は永遠であり、無限に深まって行きます。

>
>
>
>
>
> 【アイコンタクト】では、
>
> 個人がいない不動が続き、世界が眩しかったです。


このときも、素晴らしくよい感じでしたね。
>
>
>
>
>
> セッションを受け始めた最初の頃、
>
>
>
> 悟りを開いた人は、こういう状態(強烈な在るの状態、個人がいない状態)で
>
> ずっといるのかと思っていました。
>
>
>
> けど、ふつうでいる状態もあるし、
>
> たまに至福が向こうからやって来ることもあったり、
>
>
>
> その時々で色々なんだな、ということを
>
> 無空さんとのセッションを通して知りました。

山奥でひとりでいたら、ずっと同じ状態であることもできるかもしれませんし、

また、そのようにあれる環境をつくったり、また、これは以前セッションを受けられていた方から

聞いた話を元にした理解ですが、自己完結した後閉じていたら(共鳴があまり起こらない状態)、

他からの影響を受けずに一定の状態を維持できるかもしれません。

でも、それは無限にある在り方の中の一例にすぎません。

基本的に状態は変化します。

それは、海の波の部分と同じです。

風が吹けば、波は起こります。

それはとても自然なことです。

そしてまた、ひとつの波は、他のあらゆる波とつながっていて、互いに影響を与え合っています。

現れの領域は、そのように変化する領域、それが自然な領域です。


そして、海面がどんなに荒れていようと、海底はいつも静かです。

それが変わらない本質、気づいている意識、在るであるということができます。

まずは、(巻き込まれている)海面の波立つ部分から意識の焦点をシフトし、

海底のいつも変わることのない静かな本質に気づくことが大切です。

そして、そこに落ち着くこと、そこが主たる座となること。

さらに、その本質を知り、それそのものとして落ち着いた上で、

その現れをも含めたすべてがそれであるというトータルな理解、

海底だけが海なのではなく、海底から海面までのすべての領域まるごとひとつで

海であるというトータルな理解を持てるようになるといいですね。

静かな海底も、海中も、波により様々な表情を見せる海面も、

どこに焦点を当てても、海である という見方が一元性です。

すべては、それである という理解です。


どんな波が起きていても、海が海であることにはまったく影響を与えません。

それは、波とは海のひとつの状態、現象だからです。

相対的な視点(現れの視点)と、絶対的な一元性の視点の両方の視点を持てば、

波を見て、それは、波であり、そして、海である。

と言うことができます。


海は、波という状態をも含めた全体です。

それがトータルな理解

自然な理解

すべての包括する愛の理解です。

(そのような理解が深まってくると、自然に波も穏やかな状態に安定してきます。)
>
>
>
>
>
> もちろん、ずっと個人がいない状態の人もいるかも知れません。
>
> それはそれで、レベルが高いのだろうなと思いますが、
>
>
>
> 大切なのは、真我を知ってること、
>
> その価値、尊さ、大切さを知ってること、
>
> そこから、出来るだけズレないでいること、
>
>
>
> だな~と思いました^^
>
>
>
> 自分自身が真我であると知っていること、
>
> も含まれていると思いますが、
>
>
>
> 私は、あまりその部分を
>
> しっかり認識したことがないので、
>
>
>
> 堂々と自信を持っては書けないのですが^^;
>
>
>
> それも大事なことなんですよね(^0^)

そうですね。

それは、自己理解です。

それそのものであるという体験、実感を重ねていけば、

自然に自己理解も深まっていくでしょう。

>
>
>
>
>
> 【瞑想】では、
>
>
>
> 「自分に、たとえ大きな不幸が訪れても、
>
> 逆に、大きな幸せが訪れても、
>
>
>
> どちらも受け入れることが出来る。
>
>
>
> どちらでも私は大丈夫。」
>
>
>
> という言葉が浮かびました。
>
>
>
>
>
> 今までの私は、
>
>
>
> とっても大きな不幸が訪れたら、どうなってしまうんだろう?
>
>
>
> その重みに潰されてしまうんじゃないか?
>
> 耐えられないんじゃないか?
>
>
>
> と、起きてもいないことについて、
>
> 想像の中で、怖がっていたんだと思います。
>
>
>
>
>
> きっと、こんなに痛いだろう。
>
> こんなに怖いだろう。
>
> その恐怖に、胸がしめつけられるだろう、って。
>
>
>
> 必要以上に、事を大きくして
>
> こんなに怖いかもしれない!と思い込み、
>
> 感じることを恐れていたのはマインドの部分でした。


そうですね。

想像して怖がるのはマインドですね。

海自体は、その自身の中(上)で、何が起こってもあるがままです。

>
>
>
>
>
> 【ハートの共鳴】
>
> 無空さんとの共鳴レッスンを通して、
>
>
>
> 世の中の、たくさんの味わいや大きな至福も、
>
> 失敗や不幸や、大きな痛みなども、
>
>
>
> どちらも受け取り、味わえるように、
>
> 真我のエッセンスが、私を育んでくれてたんだな~と気づきました。


とてもよい気づきですね。
>
>
>
>
>
> 器が大きくなったというのもありますし、
>
>
>
> どちらも、素晴らしいものではあるけれど
>
> 同時に、
>
>
>
> 大差ない、影響がない
>
> すごく自然なこと、ふつうなこと、
>
>
>
> という理解も深くなって来ているようです。


その両方が大事ですね。

真我は片手落ちなことはしません。

存在全体をトータルに育てていきます。

>
>
>
> 上の表現では語弊があるかもしれないですが、
>
>
>
> 真我にとっては、
>
> 大きな幸せも、大きな不幸も、
>
>
>
> どちらも同じだし、どちらも大切で、大事で、
>
> それと同時に、何も起こってない。

素晴らしいですね。

それが真実です。

軽やかに淡々とセッションを受けられていたRさんから、

このような理解と表現が起こってくるとは本当にうれしい限りです。

やはり、継続の力は偉大ですね。





>
>
>
>
>
> これは、言葉で表現しても、頭では(マインドでは)
>
> 理解しがたいものですね。
>
>
>
> 共鳴をしていく中で、
>
> 真我の色んな側面を感じ、味わい、理解を深めていく中で、
>
>
>
> 無空さんがお話してくださったことを
>
> 自分なりに調べていく中で、
>
>
>
> あ、本当にそうだ~
>
>
>
> って、わかって来たことです。


実感がこもっていますね。
>
>
>
>
>
> ついこの間まで、
>
>
>
> 「で?真我がどうしてそこまで大切なの?
>
> これが何になるの(・ω・;)?」
>
>
>
> と、多くの人がそう思うように、私もそう思っていましたが(笑)、


そちらが、マインドさん、個人さんの方です(笑)
>
>
>
>
>
> 体験や体感を通して、「真実」についての
>
> 理解を深めていき、
>
>
>
> ある時(私の場合、今回のセッションがそうでしたが)
>
> 点と点がつながり、
>
>
>
> 無空さんがお話してくださったことの味わいが
>
> わかるようになった時、
>
>
>
> 「これは、たしかに味わい深いものだわ(゜0゜)!」
>
>
>
> と気づき、
>
> これからも大切に育み、味わっていきたいものに
>
> 自然と変わっていきますね。


そうですね。
>
>
>
> 誰かから、「これは、大事なものだから大事にしないとね」
>
> と言われても、
>
>
>
> その大事さ、大切さ、貴重さというのは、
>
> なかなかわからないものです。
>
>
>
> でも、自分で本当に、「そっか、本当に大事だね!」ってわかったら、
>
> 大事にしたくなりますね(^0^笑)
>
>
>
>
>
> 「大事にって言われたから、とりあえず大事にするけどさ~ヽ(・ε・)ノ」
>
>
>
> って思いながら、信じて大事にしている時もありましたが(笑)、
>
> いつか、その大事さがわかりたい、
>
> その尊さに気づきたい、知りたい、
>
>
>
> という意識でいれば、その時はおのずとやって来ますね(^0^)


そうですね。

ただ漫然とセッションを受けれていればいいというのではなく、その意識が大事ですね。

(その意識も機が熟し、起こってきているとも言えますが、やはり、それを忘れないでいること、

覚えていることが大切です。)

どう在るか、それにより、共鳴中に真我から引き出されるもの、

そして、受け取れるものが変わってきます。

(共鳴中は、シンプルにただ在るだけですが。)


>
>
>
>
>
>
>
> 【立場を変えて】
>
> 繊細さ、軽やかさなど、色んな味わいを感じました。
>
>
>
> すべてのものが、調味料!ですね。

はい。

そして、それそのものとも言えますね。

>
>
>
> もし忘れてても、
>
> すべてが「それ」なので、いつでも思い出せる。
>
>
>
> 「それ」を見れば、いつでも(^0^笑)

そうですね。

もう、すべてがそれである、という理解、視点がしっかりしてきていますね。

逆に今までは、全部「それ」なので分かりにくかったとも言えますし、

多くの方は、今在る認識、今在る実感の外にそれを探しに行ったり、

本や他の方の体験談などを読み、頭の中で観念化したり、限定したり、

思い込んだり、決めてつけているものを探しに行ったりしているので、

なかなか見つかりません。

でも、すべてはそれであり、それはずっと変わらずに在ります。

>
>
>
> そのうち、塩の容器を見て、うっとりし出すかも知れませんね(笑)

Rさんなら、太鼓判を押せますね(笑)

気づいたら、1時間くらい経っていたなどは普通に起こりそうですね^^

すべては、存在の美、

どこまでも奥深い味わいを持つ、

在るという神秘、

在るという不思議、

在るという魅力、

既知であり、未知である真の自己に

惹きつけられます。

既知という安心感、なつかしさ

未知という無限の可能性に

惹きつけられます。

自分自身に惹きつけられます。

それはひとつであるので、そのような引力が自然に働きます。

それは在るが在るという、在るの中に働いている絶対的な力でもあります。


>
>
>
> そこに全てが詰まっているって、素晴らしいことですね^^

そうですね^^
>
>
>
>
>
> 【ニュートラルな立場】
>
> 「これ」を創った神様は、すごい!と思いました。


「これ」が神様そのものです^^
>
>
>
> なんて粋なのかしら、なんておちゃめなのかしら、
>
> なんて愛情深いのかしら、なんて面白い人(人?)なのかしら、と。

全部が在ります。

神様は、すべてです。

それは、すべてであるものです。

在る(「これ」)の中には、ありとあらゆるものが在ります。

在るものすべては、在るであり、神様です。

>
>
>
> 神様=私、創造主=私というのは
>
> 頭では理解していますが、
>
>
>
> 体感としては今いちピンと来てないので、
>
> 私とは別の存在、神様と捉えて書いてしまいますが、

そこからすべての創造が起こっていくという点では、創造主とも言えますが、

在るに、創造しようという意図はありません^^

(なので、そこから起こる創造に間違いということはなく、それは絶対であり、完璧です。

それは絶対であり、完璧である在るが、あるがままそのまま現れているからでもあります。)

世界、宇宙をつくった創造主は、現れの世界の頂点にあるもの、

そして、在るは、それを超えているもの

という視点もあります。

創造主も、在るから自然に起こってきます^^


在るは、ただ在るだけ

ただ幸せで在るだけ

ただ愛で在るだけです。


> それにしても、こんな色んな味わいを、
>
> 味わえるように設定?したのってすごい。


本性です。

自然です。

ですから、絶対です。

そして、それは無限です。

無限の中のひとつの味わいから一度角度・焦点・視点・立ち位置を変えれば、また、別の味わいがあります。

一歩深まれば、さらに奥深く、よりトータルな味わいがあります。

そして、その味わいは自然に広がっていき、全体に浸透し、全体を満たし、全体を育んでいきます。

ひとつの味わいとひとつの味わいが出会えば、そこからまた無限が生まれてきます。

共鳴もそうですね。

>
>
>
> そして、人間としてこれらを味わえるってすごいですね。

そうですね。

すごいという視点から見ていくと、すごすぎて圧倒されてしまうかもしません^^

>
>
>
>
>
> 真我目線でいうと、
>
> 味わうのも、味そのものも「真我」になっちゃいますが(笑)

いいですね。

その視点(目線)も忘れてませんね。

見るものが見られるものという言い方も、よく使われます。

ですから、「何も起こっていない」でもありますし、

計り知れないほどすごいのですが、同時に普通で自然でもあります。

>
>
>
> 真我は、全てを包括してて、
>
> 全てを味わっていて、全てを体験しているのですね。
>
>
>
> なんともスケールが大きいです(゜0゜)


Rさんのお楽しみが増えましたでしょうか(^^)



>
>
>
>
>
> 無空さんが以前、返信してくれた中に
>
>
>
> >自由が自らに不自由を課していること、
>
> >無境界であるものが境界をつくり、分離した視点をそれ自身に認めていること、
>
> >完全そのものが、それ自身が不完全な在り方をするということを受容していること
>
>
>
> という表現がありました。
>
>
>
> なんだか、難しい文章~(・ω・;)と思っていたのですが、
>
>
>
> つまり、自由と不自由、無境界と境界、完全と不完全など
>
> 相反するものが混在していることを、
>
> 真我(存在そのもの)が許していることで、
>
>
>
> 世の中には、これだけの多様性があり、
>
> 味わいに広がりがあり、深さがあり、厚みがあるのですね。

はい。

それは一なるものなのですが、認識による差異により、そのような味わいを生み出されます。

そしてまた、深い愛の体験、ひとつのであることの体験とその理解が、すべてをひとつにします。

Rさんは、その両方をもうすでに知っていますね。

ひとつであることを知らないうちは、違いが苦しみ、問題の元にもなることがありますが、

すべてはひとつであることに深く落ち着くことができると、

すべての違いは、それ自身の無限の素晴らしさを知る喜びとなります。

ひとつひとつが、貴重な味わいの体験となります。

同じものが、在り方・視点・理解により、まったく別物になります。

ですから、どう在るか、どのような視点(目線)で見るか(見えるか、映るか)、が大切です。





>
>
>
> 自由が自由だけしか許していなかったら、
>
> その大切さはわからないだろうし、
>
>
>
> それが自由だということさえ、わからないでしょうね。
>
>
>
> その自由が、どこまで広がっていても
>
> 気づかなかったかも知れません。

そうですね。

少し角度を変え、「自由」という方に焦点を当てると、

少し自由、結構自由、かなり自由、すごく自由、無限に自由・・・

と、自由だけがあり、すべては自由のバリエーションであるという認識の仕方もできます。

また、不自由ですら、その中に、不「自由」というように、「自由」があります。

それは不自由という自由であり、やはり自由のバリエーションのひとつと言えます^^

ひとつであるものから多様が生まれるときは、そのように生まれていきます。

無限の視点から、無限の味わい、無限の真実が生まれていきます。

>
>
>
>
>
> 私たちは、こういった「真実」を知り、
>
> ただそうであると受け入れることが重要だったんですね。


そうですね。

それはとても大切なことですね。

>
>
>
> マインドだけでは、その「真実」を知ることも、
>
> 受け入れることも出来なかったと思います。
>
>
>
> 絶えず気づいている「意識」、
>
> すでに知っている「意識」があるからこそ、
>
>
>
> 私たちはその「真実」にあらためて気づくことが出来るのですね。


そうです。

それはすでに在り、はじめからそれで在るからこそ、あらためての気づき、

再認識ができるわけです。

ですから、まだ気づいていない人もまったく大丈夫であり、まったくそれであり、

何の違いもありません。

それが、気づいた存在の視点です。

その視点、その在り方が、周囲に自然に影響を与えていきます。


皆同じであると

すべてはひとつであると。


愛と平和が自然に広がっていきます。

>
>
>
>
>
> 長くなりましたが、これにて感想は終わりにします。
>
>
>
> 次回もよろしくお願いします^^
>
>
>
>
>
>R


こちらこそよろしくお願いします^^

素晴らしい感想ありがとうございました。

無空


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今回は、セルムさんから頂いた感想をご紹介させて頂きます。

セッション中の会話を書かれている部分は、話し言葉をある程度そのまま書かれていたり、現在のセルムさんの理解からの書き起こしになっている部分もありますので、読んでいただくものとしては、少々荒かったり、言葉が足らない部分もあります。
少し補足したところもありますが、そのままのところもありますので、あくまで参考としてお読みください。(読んでそのまま固定化、観念化、概念化しようにしてください。)

無空様

セルムです。

夏本番の蒸し暑い日々が続きますね。
私的には大好きな季節なのですが、無空さんはいかがでしょうか。


さて、第12回スカイプセッションの報告をさせていただきます。


■先週からの報告

・ 「在る」「気づいている意識」を淡々と継続しています。

 マインドによる渇乏的な読書が落ちてきました。
 落ちてくると同時に、「刺激を求めるマインド」にも気づきやすくなってきました。
 また、「在るという広がり」が日常・人生の中心になってくる感じがし始めています。

 無空さんからは、
 「(無空庵で)進んできた人たちは、時間的に『在る』が中心になっている方(=個人がない方)が多くなってきています」
 とのことでした。
 さらに上級レベルとしては、「『在る』が中心になっていても、関係性の中に入ってくると、個人マインドが出やすい場合もあるので注意が必要です」
 とのことでした。

無空補足:関係性の中では、自然に個人は起こってきますが、透明で軽やかな個人だといいですね。
普段、ひとりでいるときには、個人が起こりにくくなっている場合でも、関係性の中で、まったく本人が気づかない状態で未成熟なマインド部分が主体となっている場合があります。

 「無空さんや無空庵で学ぶ進んだ方々は、生活は『在る』の方が多く、個人が出ているケース、巻き込まれている時間の方ははるかに少ないのですか?」
と質問をさせて頂きました。

 無空さんからは、
 「私は自然です。ある意味、『在る』も『個人』もないというか、同じという感じです。しみっちさんの体験談で
『個のまま真我』というタイトルの記事を書いたことがありましたが(しみっちさんが、セッションでの気づきをご自身のブログに書いたものです。)、『在るも、個人も、分けない』です。全てが真我の顕れだからです。
 ただ、そうなるまでは、個に巻き込まれている状態から、『変化しない在る』を良く認識し、シフトすることが必要になります。そこに確立して、個も統合されるといった感じですね」
 という深いコメントをいただきました。



・ 面白い現象

 一ヶ月前と逆転現象が起きています。
 一ヶ月前は、目覚めた時に在るに入っていることが結構あったのですが、
 最近は、日中に『在る』筋を鍛えているせいか、目覚めると見事にマインド主体になっています。

 無空さんからは、
 「日中に『在る』と、寝ている間に浄化が進むこともありますね」
 とのことでした。
 なるほど、と思いました。



・TEさんの体験談を読ませていただき、大変勉強になりました。

 TEさんが質問される内容とか、論理でまとめられる方向性に共通点を感じる部分があり、
 はるかに先を行く先達の進み方・在り方がとても参考になりました。



・まだマインドは激しく自分をムチ打ちますが、それに気づいています。

 無空さんからは、
 「マインドの言ってるそういうことは、全部スルーしたら良いですよ。
 進んでくると、だんだん引っかかることは、なくなります。相対的に『在る』との力関係が全然違うようになってきます。
マインドは、ただの反応レベルという感じになってきます」
とのことでした。



・今の課題

 とにかく「在る」を繰り返し、「在る筋」を鍛えることだと感じます。ここをしっかりやろう、と思います。
 「在る」を感じる微細さ・広がりがまだまだ弱い(まだ、あまり「在るの素晴らしさ・価値」に気づけていない)からです。

無空さんからは、
「そこは時間をかけて、徐々にですね」
とのことでした。

また、以前他の方のセッションを受けられていた方が、「在る」の素晴らしさに気づけず(知識上の理解のみに留まり)、「諦めました」と言われてセッションを中断された体験談を読まさせて頂きました。
ここはしっかり取り組みたいと強く感じます。

(無空:マインドは性急です。地道に進んでいく、ある意味、忍耐も必要です。)

そして、数日前ののびのびさんブログに、このことについてズバリの記事を読ませていただき、大変参考になりました。

真我はトータルで自然。必要なことはすべて、感じとれないレベル、より微細なレベルでも進んでいる
 
以下、一部引用させていただきます。(のびのびさん、引用させて頂きます!)
____________

はじめた頃は、長く続けている方のように、真我の様々な質を感じられないという方も多いですが、それはある意味当然です。
フーマンも、まず空っぽになりなさい。それから、満たされる。というような意味のことを言っていたかと思います。
まずは、「静か」、「何もない」、「空っぽ」等、そして、「意識」、「在る」に気づくこと。
そしてそこに徐々に馴染み、浄化も進み、感じ方もより微細になってくると、「何もない」、「在る」等の豊かさ、そこにある深い味わいなどを少しずつ感じとれるようになってきます。

(中略)

これまでの歴史の中では、何十年と修行してもなかなか気づけなかったようなものでもあり、また、真の教えに出会ってから、7回生まれ変わるうちになどと言われてきたものでもあります。
それをまだ1ヶ月も経ってないうちに、何も感じられないなどと言われる方が本当に多いです。

(「静けさ」等は感じていても、至福や愛など、長く受けている方の体験などにあるものや本に書いてあるようなことなどを感じられないと、そのようにおっしゃいます。)

意識は全体的に高まってきており、今は目覚め、そして、意識の深まりのスピードも早まってはいるとは言え、マインドはあまりに性急です。

意識や在るに気づくこと(再認識)が新たな誕生であり、まずは赤ちゃんからスタートです。
それをすぐに、長くセッションを受けられている大学レベルの方々やすでに成人された方々と同じようになりたい、同じように感じたいと言っても難しいものがあります。

受けている方にとって、それぞれもっとも自然でトータルでベストな形で変容が進んでいきます。
部分しか見えないマインドは「早く」と思うでしょうが、全体である叡智は、それぞれの方に適切な時を知り、見守り、働きかけています。

(以上)
____________



・久しぶりに、ニサルガダッタ・マハラジの I AM THATを読んだところ、理解できる深さの違いを感じました。
 マインドによる渇乏的な読書(「もっと、もっと!」というキリのない感覚)が落ちてきています。
 そのためか、I AM THATや無空庵ブログを読みながら、静寂・沈黙に誘われる感覚が起こるようになってきたので、
 静寂・沈黙が起こったら「誘われるまま読書を中断する」、という読み方になってきました。

 これに関しては、
 「とても良いですね。それこそ『在るに触れる』『共鳴している』という感じですね。マハラジやフーマンの本は、とても良いですね」
 というコメントを頂きました。



・また、無空庵の約3年の歴史についてお聴きする流れとなり、自身の方向性を問う意味でも、非常に勉強になりました。
 幸か不幸か、結果として、今は「在る」に完全集中できる環境ですので、
  在るは、「LifeWork」 → Work(仕事)とも捉え、真剣に(ただし、マインドの努力に巻き込まれずに)「在る」に取り組ませて頂こうと思いました。

 無空さんからは、
 「フーマンも、『それ以外に大切なことは何もない』と言ってますね」
 とのことでした。




■意識共鳴

(1) 意識共鳴
  広がり。その中にマインドは置き去り。


(2) アイコンタクト
  広がり。気づいている。
  無空さんからは、「ピュアな感じがしますね」とのことでした。


(3) ハートの共鳴
  世界そのもの、全体という感じ。その中で子供が走っていたりしました。




今回は非常に深いお話をありがとうございました。
このタイミングでお聴きできたことが本当に幸運で、勉強になりました。今まで以上に真剣に取り組ませて頂きたい、と感謝しています。

明日のセッションもどうぞよろしくお願いいたします。


セルム


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今回は、セッションを受けられているA.Tさんから頂いたメールを、ご紹介させて頂きます。

無空様



21回目のセッションありがとうございました。



今回はすぐに感想を書かなかったので、今はなにもないのですが

セッション直後のメモと記憶をたどって書いてみます。



最初の共鳴 「祝福」「聖なる」



アイコンタクト 「源」「根源」



瞑想 思考が起こっていましたが、“在る”が主体でした。

   まったく問題なしでした。



ハートの共鳴 忘れています。



立場を変えて 暖かさが広がったとメモにはありますが、

       気負いのようなものが起こって、少し違和感を感じた

       記憶があります。



ニュートラル 「すべては源そのもの」

       すぐに思考が??となっていましたが

       無空さんが「すべてはそれですからね」とおっしゃっていました。





セッション直後の運転中に、源と現れは違うものと思っていたことに気づきました。

それそのものから観れば、源も現れも、ひとつのそれそのもの。

すべては源、真我、在る。

涙が流れていました。



義父が亡くなる数時間前に、病室で2人だけになる時間が30分ほどありました。

その時に、まるでセッションのように濃密に共鳴しました。



人工呼吸器につながれた義父と、目の前に広がる空と海、すべてが溶け合い、それそ
のものでした。



マインドの部分では、打ち解けあったことのなかった義父と、初めて真に出会った瞬
間でした。

初めて分かり合えました。本当の親孝行ができました。

無空さんにも「お義父さんも、深いところで喜んでいると思います」とおっしゃって
いただきました。



それから続いた一連の法事でも、悲しみ寂しさの根底に“祝福”がありました。





もうひとつ、無空さんに何度か言われている「“在る”であるとすべてが整う」とい
うことに

なるほどと思うことが今回の義父の流れの中でありました。



親族の中に苦手な方がいたのですが、この方が場にいると緊張感が起こります。

他の人も「あいつはくせがある」「いやだ」とか言っていました。

これまでなら、その方に嫌悪感がありましたが、今回は違っていました。



それらすべて、その人、周りの反応、私の中に起こってくるものにも、ただ在って気
づいていました。



起こってくるその方の言動に対して、その人そのものに嫌悪感を抱いていたこれまで
と違って

ただマインドが起こっているのだと思いました。



マインドが起こっていないときは、その人もただ静寂そのものでした。



日が経つにつれて、その方はだんだん穏やかになっていきました。

法事の最後の方では、愛に溢れた言動が起こっていました。

全体に溶け込んで、何の違和感もなく、そこに在りました。

夫もとても驚いていました。

「あいつも大人になった」「今日はとてもよかった」と言っていました。



これからもこの方が穏やかかどうか、それは問題ではなく

在るそのものであればいいのだと。



源そのものであるとき、すべては源。

真我そのものであるとき、すべては真我なのだと思いました。



無空さんに無空庵に共鳴に出会えてから、これらのことが起こったことに

何とも言えない安堵とともに感謝でいっぱいです。



よかった。本当によかった。



ありがとうございました。



A.T


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今回は、セッションを受けられているH.Cさんから頂いたメールを、参考までにご紹介させて頂きます。

H.Cさま


メールありがとうございました。

> 無空さん、ご連絡ありがとうございました。
>
> 最近、だんだん自分がシンプルになってきているのが分かります。
> 今日は 私はやすらぎそのもの・・・・、
> という言葉が口から出てきて、
> 何度もつぶやいていました。
> 落ち着いてとてもしあわせな気分でした。

とてもいいですね。
そのものであり、個人でないとき、静かで落ち着いていて幸せです。
>
>
>
> それから気がつけば、仕事では自己表現をし始めていました~。
> 今までのように「出る杭は打たれる・・・」と引っ込めていたことを
> すんなり出し始めていました。

自然に起こってきていますね。
それが変容しているということです。
>
>
>
> 刃向かうと上司が激怒して集中して意地悪されるのが嫌で
> 同僚たちも皆、会社に対して我慢していて、飲み会で文句を言い合うの繰り返しです。
> 飲み会で同僚たちと仲良く話しをしながらも、どこかさめている自分がいます。
> 「あ・・・・・、今わたしのマインドがつぶやいているな~」と。

気づいていられれば問題なしですね。
>
>
>
> 今日は上司にいいたいことを言って、行動に移したら、
> びっくりして開いた口が塞がらない様子でした。
> ちょっとムッツとしたようでもあったので、この後、怒りが出てこらるのかもしれませんが
>
>
>
> わたしの心の中では
> 「しょせん、現れだもの・・・」
> という言葉が浮かび、上司の怒りに対して怖いといった感情ではありませんでした。

源と現れの理解が進んでいますね。
>
>
>
> この事は今までの私にとってはものすごいことです。
> 今までは怒られることはとても怖いことでビクビクすることだったからです。
>
> そういえば・・・・・
> 小さいときの私はとても自由でした。
> 素朴に言いたいことをいつでも発していました。
> 2歳くらいまでの記憶がところどころにあるのですが、喜びの塊でした。
>
>
>
> でも大人にとって都合の悪いことも言っていたようで、
> そのため随分、親や兄からも怒られていました。
> それが怖くて、その都度萎縮してしまい気持ちを引っ込める癖が付いていたようです。

程度の差はあれ、多くの方にも同じような癖やパターンがあるのではないでしょうか。
>
>
>
> 今またそのころの自由が戻ってき始めたような気がします。

いいですね。
そして、子供の頃をさらに超えていきます。
自由もまた無限です。
>
>
>
> 無空さんからいただいた言葉・・・・・
>
>
> 「在るはかすり傷ひとつ負いません」
> 「感情は誰のものでもありません」
>
>
>
> しっかりと届き、閉じた蓋がまた1枚外れました。
> なんてお礼をいったらよいのでしょう・・・・・。
> 次第に個が落ちてこれからも、もっと自由になっていきます。

はい。
>
>
>
> ありがとうございました。

ありがとうございました。

無空

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