無空庵の個人セッションは、ゼロ(仏教では空)の場による心の浄化法、本当の自分を知る方法、心の平和・愛と幸せ・真我覚醒・真我実現を促す方法です。

●ゼロ意識共鳴で、真我・無限の愛である本当の自分に目覚め、本当の自分を実現する!

真我はただ在る。ただ自分自身(愛)である。シンプルな生き方。シンプルな在り方。
無空庵で「愛」(存在の愛)と「空」、そして「在る」こと(自分自身であること)の素晴らしさを知る。
悟り・覚醒・変わらない愛と幸せ・心の平安を実現!

無空庵では、スカイプで全国の方を対象に、ゼロ意識共鳴個人セッションを行っています。
個人セッションは、ゼロ(仏教では空)の意識の共鳴ワークであり、心の浄化法、本当の自分を知る方法、無限の愛と自由、心の平和、本当の幸せ、真我覚醒、真我実現を促す方法です。

ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジ、フーマン、エックハルト・トール、ガンガジ等の言及する「悟り」「覚醒」「真我」「本当の自分」の実現をサポート!メッセージ1 メッセージ2

※多忙のため、セッションに関するお問い合わせの返信には、数日~1週間くらいかかることがあります。また、同様の理由により、読者の方からのご質問にはお答え致しかねます。ブログへのコメントにもお返しできないことが多いと思いますが、あわせてご了承願います。

公開・日々の小さな合同共鳴
※どなたでも、森羅万象あらゆる存在の意識参加自由。
毎日6時、10時、11時、11時40分、13時10分、16時15分、17時、18時、21時 2011・11・3~
(6時以外は、無空庵の基本セッション時間です。)。
各30分(その内何分でも構いません。ただそっと意識を向けてみてください。そして、できる方はご自身の存在感覚、在るという感覚、又は、気づいている意識に気づいていてください。)
※参加された方々の記事。
蓮さん①, wingさん①のびのびさんsatorinさん

公開・週一合同ゼロ意識共鳴
※どなたでも、森羅万象あらゆる存在の意識参加自由。
毎週木曜日21時と21時30分から各30分間。 2011・11・10~
※こちらの記事もご覧ください。合同ゼロ意識共鳴は、集合意識の変容を促す。+感想③
第1回感想①感想②
※参加された方々の記事 しみっちさんWingさん蓮さん

セッションを受けられているH.Kさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

H.Kさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん

> 昨日はセッションをありがとうございました。

> 感想を送ります。

> セッションの最後に、無空さんに「変わりましたね」とおっしゃっていただきました。
> 本当に自分がシフトしました。

そうですね。
これまでは、喜び等でふわふわしていた感じがあったとのことでしたが、
地に足がつき、存在の深い落ち着きが出てきましたね。
そして、H.Kさんの存在全体から、自然な奥行きと深みのある愛ややさしさ、やわらかさが
感じられました。

H.Kさんにとって、少し前の返信メールが厳しく感じられたとのことでしたが、
ある意味、やさしくあたたかく包む込む母性のような愛だけでなく、
強く厳しく深い父性のような愛に触れることにより
真の強さとやさしさが内側から出てきたとも言えるかもしれません。

それは、寒さ厳しい冬に耐え、それを乗り越えて内的な力強さを増し、
春から初夏にかけて美しい新緑や花々を咲かせる木々のようでもありますね。

冬は寒く、多くの方からは好まれていないかもしれませんが、
それもまた真我の愛として現われています。

真我である愛は、それ自身の現われである様々な存在から好まれるとか、好まれないかなどに捉われません。
本当に純粋な真実は、多くの方(マインド)には好まれないこと、また、理解されないことはこれまでの歴史を見ても周知のとおりです。
それを承知の上、また覚悟の上で、セッションをし、感想等にも返信をし、ブログにもアップしています。

イエス・キリストをはじめ、かつて、それを知り、それを語った多くの方々は、どのような扱いを受けてきたでしょうか。
真我である愛は、たとえ、多くの非難や中傷などをあびせられても、また、時にはその現われとしての命をかけてさえも、時代を超えて、ただそれ自身で在ることを貫き、その深き愛を遂行しています。

ときにその愛が、人の心(ハート)を打ち、また、深く響くのは、それ自身はどう思われるかなどまったく関係なく、ただただ真実のために、相手の方の真の幸せのために命をかけ、生命そのものをかけているからです。

自らのことは顧みず、ひとつである命の領域、真実の領域に深く踏み込んでいるからこそ、深いところからの真の変容が起こります。

その在り方の深さ、そして、命をかけた“踏み込みの深さ”がそれを可能にします。

真我である愛は、それだけその現われであるすべての存在を深く愛しています。

その愛の視点は、時間という単位をはるかに超えています。

それは永遠という視点からのものです。

それが真我である愛の立ち位置です。


真我は、その永遠という視点、立ち位置から、それ自身である愛を遂行しています。

その愛の深さ、大きさは、時間の中で働くマインドでは知ることができません。

それを知り、感じることができるのは、永遠という今に在ることができるハートのみです。

ゼロ意識共鳴とは、命と命、ハートとハートの響き合いです。

ひとつである中で、深く目覚めた命(ハート)が、これから素晴らしく目覚める命(ハート)に働きかけます。

あるいは、ひとつである中で、深く目覚めた命(ハート)同士が響き合い、愛が響き合い、真実が響き合い、一なるなるすべてをさらなる深みへと誘います。

> 在るが「愛で在る」に変化して、
> 世界がもっと輝きを増してキラキラと目に飛び込んできます。

> いつもハートが満たされていて、平和で、喜びや感謝があふれ、
> ときどき、泣いてしまいそうになります。

> ラジオから流れる曲、息子の大きな靴、お店に並んだフルーツ… 
> その存在たちがどんなにすばらしいものであったか。

それは、無限の可能性そのものとして常にそこに在ります。
その素晴らしさを感じることができるのは、H.Kさんがよりクリアになり、
深まり、ご自身の素晴らしさにさらに開かれていったからですね。

ラジオから流れる曲、息子さんの大きな靴、お店に並んだフルーツたちが、
H.Kさんに、その素晴らしさを見いだしてもらえて、本当に喜んでいます。
みんながありがとうと感謝しています。

そして、何よりそれらすべての本質である在る(真我)自身が喜び、感謝しています。

在る(真我)は、無限の可能性、無限の素晴らしさそのものです。

在る(真我)にとって、それ(無限の素晴らしさ)が、それ自身に開かれていくことが
最大の喜びです。

今のH.Kさんなら、それを今まで以上に感じることができるのではないでしょうか。


> 暖かくなり、息子の友達たちが、家に小鳥のようにたくさん集まってきます。(うちはみんながいつも来れるように出入り自由、解放してあります)
>
> 学校が休みの日などは、太陽が沈むまで、我が家の庭で遊んでいきます。

> 私よりずっと体の大きいアメリカ人の男の子たちですが、バスケットボールをしたり、ふざけたり、野球をしたりしている姿が、
> はちきれんばかりの若さと、純真さと、快活なエネルギーに満ちていて、笑っていて、一生懸命で、楽しそうで、
> みんな輝いている天使に見えます。
> 一人ひとり、私のかんちゃん(次男)と同じようにめちゃくちゃかわいくて、目を細めてしまいます。

愛で在るという視点から見られていますね。

> 彼らの笑い声が聞こえると、胸がいっぱいになって、喜びであふれます。
> それだけで、もう充分すぎるほど、幸せを感じます。

充分すぎるほど、伝わってきます。

> 共鳴の感想です。

> 共鳴では、宝物のつまった、大きな大きな玉手箱を感じました。

在るは、まさに宝物が無限につまっている玉手箱ということができますね。
それは、その中に宝物を見つければ見つけるほど、その無限性をさらに増し、玉手箱の中に在る宝物がどこまでもどこまでもその素晴らしさの質とその数を増していくようでもあります。

> 子供のとき、大事なお気に入りをたくさん集めて、箱に入れてうっとり眺めていたことを思いだしました。
> 黄色い鳥の羽、すべすべの石、キティちゃんのシール、いいにおいのする消しゴム、光をあてると輝くガラス玉、ミンミンゼミのぬけがら…

> そんな、大好きな、それをみると胸が高鳴って、ワクワクするような、大切な大切な宝物。

> 真我の玉手箱には、そんなものがいっぱい詰まっていました。どれもステキで、魅惑的で。


> この世界も、きっと、宝物のつまった玉手箱ですね。

> みんな大切で、みんな輝く、ありがとうの玉手箱。

「ありがとうの玉手箱」という視点、表現は、とても素敵ですね。

在るは、在ること自体が奇跡であり、「在り難い」という感謝そのものでもあります。

そして、その現われである世界もまた、感謝そのものでもあり、
世界は、たくさんのありがとうでできているとも言えます。

今のH.Kさんには、それが見えるのではないでしょうか。

世界は、ありがとうの玉手箱。

そして、ありがとうの花が、到るところにたくさん咲いていますね。


すべての存在は、注意を向けられると喜びます。

意識を向けられること、気づいてもらえること、認識してもらえることは、存在の喜びです。

それは、愛・命・光を与えられていることでもあります。

意識・気づきは、愛であり、命であり、光です。

それを与えられると、すべての存在は喜び、ありがとうと、感謝を自動的に返してきてくれます。

すべてに意識が開かれていれば、いつも喜びと感謝、愛と光と生き生きとした生命そのものに囲まれていることが分るでしょう。


私が、周囲の物や花や小鳥などに意識が向いたときに自然に出て来る言葉は、

「よかったね!」

です。

ただ「よかったね!」です。

それは、理由なき「「よかったね!」であり、

何がどうで、どうだから、「よかったね!」ではありません。

それは、ただ在ること、存在していること自体への祝福と言えますが、

改めてのその認識はありません。

在ること即祝福であり、在ることがそのまま祝福です。

ただそうであるということです。

在ることは、とても素晴らしいことです。

そこには、無限の可能性があります。

自分自身を含め、すでにそこに在るもの、すでにそうであるものの素晴らしさをどれだけ見いだせるか、それにどれだけ開かれていくかは私たち次第です。

私たちには、無限の可能性が与えられています。

> 立場を変えての共鳴をしたとき、がらっと変わり、
> とても高いところから、全てを見渡しているように感じました。

> はるか遠くまで、全部よく見える、全部わかっている、そんな感じでした。

全体性の視点、全体性そのものとしての視点とも言えますね。

> いつもありがとうございます。またよろしくお願いいたします。

> 愛と感謝。

> H.K


こちらこそよろしくお願いします。

無空


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今回は、セッションを受けられているBe~waveさんから頂いた感想を、ご紹介させて頂きます。

無空さま

いつもありがとうございます。

この一週間、過去の出来事で未消化だった体験が再度現れて来たような感じでした。

マインドは「またこの体験?」と思っていました。

その時、その時、葛藤し消耗し、あがき続け、そして挫折したマインドにとっては恐怖も感じ揺れた一週間でした。

表面上はとても楽しい現実なのですが、
失敗を恐れ、拒絶を恐れるマインドが浮上してきたようでした。

これらもまた真我から「起きてきている」と気づいて、ノージャッジ中立であることだけです。


感想です。

共鳴
透明

アイコンタクト
忘れました

瞑想
深い海、静寂、軽さ、広がりでした

ハートの共鳴
普段では気づかない微細な幸せが中心にありました


無空さんに
「その微細な幸せに気づけるのは、ちゃんと進んでいます
」と言っていただいてうれしかったです^^

以上です。

後ほどのセッションもよろしくお願いします。


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今回は、セッションを受けられている青さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。


青さん

感想ありがとうございました。



> 無空さま
>
>
> 充分に至福の1週間でしたが
>
> やはり
>
> この木曜日の合同共鳴
>
> 金曜日の合同共鳴とその至福の
>
> 濃厚さが変わり
>
> 今日の無空さんの登場は
>
> 自分のテンションが上がっているのがわかります

上がったり下がったりするのが現われの部分。

それに気づいているのが、不動不変の意識である最強さんですね。

真我に確立するまでは、それ(最強さん)が真の青さんです。と言い、そちらにより焦点を当てて頂き、

そして、真我に確立した後は、源である気づいている意識の最強さんと

テンションさんなどすべての現われを含んだトータルな存在が青さんです。という言い方になります。

> このテンションを探してしまうクセがあったんですね~
>
> (先週は1回だけ探しに行ってしまいましたが、あとは
>
> 本当に内なる神聖な場所のみに集中していたのです
>
> 向け続けていましたよ~)
>
>
>
> でも
>
> これは
>
> 本当のところ
>
> 本性ではないかと思うのです
>
>
> 覚悟も
>
> そしてそこに向かうことも
>
> すべて
>
>
> 逃れようもなく
>
> まるまる
>
> 自分自身です

そのような受容の仕方はいいですね。
まるまる受け入れることにより、全体の深化・変容が促されます。
>
>
> 愛おしくて
>
> 誰にも負けないあの場所は
>
> どんどん
>
> あざやかに
>
> 変化していっております

純化・変容中というところでしょうか。
>
>
>
> 今日
>
> 純粋性のことを
>
> お尋ねくださいました
>
>
> 今
>
> 一瞬
>
> 一瞬
>
> 一滴
>
> 一滴だと思っています
>
>
> あせらず
>
> 楽しみながら
>
> いきますね~

はい、それがいいですね。
>
>
>
>
> 森羅万象
>
> すべてが  
>
> わたし(真我)となりますよ~に

はい、すでにそうです。

あとは、その真実が意識の中に開かれていくだけですね。
>
>
> 純粋の
>
> 深さには
>
> 限りがないことも
>
>
>
> 愛の
>
> 深さに
>
> 限りがないことも
>
>
> これから
>
> 少しずつ~
>
> 少しずつ~(^0^)
>
>
> 共鳴
>
> アイコンタクト
>
> 瞑想
>
> ハートの共鳴と
>
> セッションは
>
>
> すべて
>
>
> 始まりの
>
> おわり
>
>
>
> すべて
>
> 愛
>
> でした
>
>
> ここに
>
> すべて
>
> です


とてもいいですね。
>
>
>
>
>
>
> いや~
>
> 本当に楽しいです~
>
>
> ありがとうございます
>
>
>
> これからも
>
> どうぞよろしくお願いいたします
>
>
>
>
> 青


こちらこそよろしくお願い致します。


無空

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今回は、セッションを受けられているI.Mさんから頂いた感想をご紹介させて頂きます。


無空先生


こんにちは!先程はありがとうございました!!
なんだか、楽しかったです。
合同共鳴の後、マインドが騒がしく、寝ちゃえと思って眠り、浄化された後の
共鳴だったので、よりすっきりした状態だったのかもしれません。


不思議でした。言葉にできませんでした。
「言葉で表すと?」の先生のご質問に、言葉にできないマインドがありました。
言葉にしてしまうと、限定されてしまう・・・といいますか、
今まで、知っている言葉ではない感覚でした。


あえていうと、「透明」「透き通っている」「そのまま」「ある」「ない」
感覚的に身体が透明で青と光と闇が身体を貫いている感覚でした。


そして、いままでとは違う自分に気づきました。マインドなのかどうかわかりません。
そのいままでと違う自分に気づいたのはなぜかというと、
にこにこ、笑っていて、楽しくて、嬉しい、喜んでいる自分がいたからです。


いままでの共鳴では、あるとは何かに意識を向けることに必死になっていたのか、
「これかな?あれかな?」と試行錯誤しているマインドもいた中で、
深くて広い在るを体験していたように、今日のセッションから感じます。


今日は、クリアですっきり、それが認識できると、
楽しくなっている自分に気づきました。


そしてこれも「気づく」でした。
楽しい感覚がありながら、「気づく」意識があり、「ああ、楽しいな」と
でてきた言葉に気づきながら楽しめました。


あーすっきり・・・セッション後はこんな感じである今です。


セッション中の感想です。


<共鳴>
ほんとーにしずかーーーでした。
なんだかわからない、言葉にできない感覚でした。
先生のご質問から、はじめて、「透明」「透き通る」という言葉がでてきました。


<アイコンタクト>
透明という言葉がでてきてから、すべてが透明になっていました。
見えるものがはっきりしているのに、透明、青。


<瞑想>
目を閉じたとき、喜びがあふれていたことに気づきました。
「ああ、私、楽しんでる」・・・そんなことに気付きました。
そしたら、あふれでて、にこにこしてきました。
今までと違う、自分の感覚ということに気づいていました。


<ハートの共鳴>
ハート=空間とどなたかがおっしゃっていた感じがありましたが、
今日は、私の心臓のハートが透き通り、視覚的に青いハートマーク。
そこに白い光(覚醒の炎のカバーのような色)。
そこからあふれる透き通る感覚でした。


・・・あふれる透き通るって、物理的におかしい感じですが、
こんな感じです。


そして、今後は
今日、お話いただいた、真我からでる「N o」を言えるように、
在るに意識をむけていきたいと思います。


お伝えし忘れてしまったのですが、
ここのところ、相手と話すとき、自身のセミナー時に、
みなさんとつながろうとすると、
在るにより意識を向けられていることに気づきました。
自分のマインドに意識が向くのではなく、
相手そのものに意識が向くからなのかもしれないです。
そうするとよりクリアに話をしたり、セミナーを進めることが
できている自分に気づいていました。


今週末、来週もセミナー三昧ですが、今日体験した、「透明」
あふれでる透き通る感覚、その在るの状態で、
そして、透き通る在るでつながって、
過ごしていきたいと思います!!


ありがとうございました!!


I.M


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今回は、セッションを受けられているGさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

Gさん

感想ありがとうございました。


> 無空さん。
>
> とても素晴らしいですね。
>
> 改めて底がないと感じました。

> 普通であることの大切さ。
>
>
> 普通であることのありがたさ。
>
>
> 普通であることの悦び。
>
>
> 普通であることの普通さ。
>
>
> 素晴らしいと思います。
>
>
> 海は誰が見ている訳でもないのに
> 寄せて返す波の中に
>
> 美しさや
>
> 真摯さ
>
> 優しさや
>
> 謙虚さ
>
> 丁寧さ
>
> 愛
>
>
> を宿しています。
>
>
> 誰が気付くでも認める訳でもなく
>
> 普通に淡々と繰り返しています。
>
>
>
> その普通であることの凄さ、
> 大切さ、素晴らしさを感じた
> セッションでした。
>
>
> そしてその普通さは彩りをみせ、
>
> 自然の中でとても寛いでいました。
>
>
> 選択肢があることに制限を感じた空は
> どっちでもいい、或いはどうなってもいい
> という無限の選択肢(選択自体の消滅)
> を自らに宿し、果てしない安堵の中へ沈んでいきました。
>
>
> 今日はその体験を他の0から100までの
> すべての体験と同等に普通に見つめている
> 空がありました。
>
> それ(私)の深化はこれからも果てしなく続いて行くんだろうな
> と感じました。
>
> 今日も素晴らしいセッションをありがとうございました。
>
> G


Gさん、本を出してください。

今回の内容だけでもいけます^^

1ページ1行でもいいですし、
全部同じ内容で100ページでもいいですね。

それだけの濃い内容、真実が含まれています。

空の表現は本当に素晴らしいですね。

けっして、タユタさんにも負けていません。

「自然現象としての愛」

ありがとうございました。

無空

*******************

無空さん。

本ですか^^;

絵本とか面白そうですね。

>全部同じ内容で100ページでもいいですね。

エキセントリックな発想ですね^^


タユタさんとして

T.Sさんとして

僕としての空の現れがありますね。

本当に無限の多様性、深みですね。

お返事ありがとうございます。



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今回は、セッションを受けられているayaさんから頂いた感想報告と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

ayaさん

感想ありがとうございました。

> 無空様
>
> 前回の感想報告をさせていただきます。
>
> 最初の共鳴はすっかり空に溶け、忘れました。

それだけ覚えていれば十分です。
>
> アイコンタクは静けさと四方八方に放射されが起こりました。
>
> 瞑想もすっかり忘れました。

ゼロですね。

> ハートの共鳴は表面では優雅さが浮き彫りになっていましたが、
> 奥深くでは、トータルに理解が起こりました。

ハートは、全体性そのもの、トータルですね。
>
> 立場を変えての共鳴は、個がどんどん薄まり、軽さと優しさが残りました。
> 立場なしの共鳴は重さと軽さもないその間でした。
>
> 日常では、とにかく在るに留まっています。
> 何の影響もなく、浮かんでいても、いなくても
> どちらでもいいマインドにも気付くようにしています。
>
> 在る度が高まっています。
> 在るが在るを直知し、在る自身の無限の喜びを知り続けています。

とてもいいですね。

> 浦島太郎が受けとった玉手箱の中身は空っぽで、
> おじいさんになってしまいましたが、
> 私は空っぽの豊かさを知っています。色彩豊かで美しい空を知っています。
> それは最大のギフトであり、私たちそのものです。

そうですね。

> どうぞ次回もよろしくお願いいたします。

> aya

こちらこそよろしくお願いします。

無空

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今回は、セッションを受けられているMAさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

MAさま

感想ありがとうございました。

> 無空 さま
>
> 今回のセッションもありがとうございました。
> ありのままでお話できることへのありがたく
> 支えです。
>
> 最初に、第25回目セッションの感想(4/21)から書かせてください。
>
> 共鳴
>
> 「正」  一つからの現われ、一つである。
> ここでしばらく何かを感じていたら、無空さんから
> 「今どうですか?」とお声がかかりました。
>
> アイコンタクト
>
> 共鳴からのエネルギーが続きました。
> 柔らかいエネルギーから、先程の共鳴の時の感じは
> 真我そのもの。
> それから、真我と真我の戯れ、真我が真我を学ぶ。
>
> 瞑想
>
> 愛。清められる、清らかである。
> 真っ白な状態。
> (赤ではないのだなと思いました)
>
> ハートの共鳴
>
> ダイレクト・直接的
> ダイレクトにそこを感じたら
> 恵み・育む・豊かさへ・・・宝
>
> 先週の「そのものへの認知が起こる」が
> あまりにも大きく、今週は中ごろから現象に大きく巻き込まれました。
> 職場で入社直後から、就業契約が遂行されず毎月確認をしながら
> 最近まできていたのですが、経理部・上司・私に対する話と全く違う現象が起き
> それをきっかけに低空で固まったようにマインドが沈みきりました。
> 不当な扱いとそれをきっかけに過去の不可抗力の事件、理不尽な体験からの
> マインドが浮上してきました。あまりに強いマインド・パターンと
> 過去の思い、ずっと思考では理解できないと限界を感じて客観的にみて
> 横に置いてきた事。低空に沈んだマインド・「しようとする」マインド沢山出てきて
> そのままにして、出来るだけ押し込めないように気をつけて。
> 少しだけ意識の方へ向けられるようになってから無空さんのセッション日となりました。
>
> 理不尽な体験も、外に視点がいっている。
>
> セッションの時、無空さんにも「外の世界は理不尽なもの」とお話頂きました。

マインドを通しては、そのようにしか見えないことはたくさんありますね。

> 攻めることではなく、本当に落ち込んでいるまま。
> 無理のない感じでいます。
> セッション後も、出てくる感情に愛をもってそのままで。
> 過去充分涙を流したり、そのままでいられなかったんだなと思い
> 悲しんでいいのだ悲しかったんだ辛かったんだと認め、真我とマインドを繋げる感じです。
> 充分現われを大切にして、そして意識に戻れる時はただ在るを繰り返しています。

それでよろしいと思います。

> -----------------------------------
> H・Kさんの体験談の無空さんのアドバイスも参考にさせていただいています。
>
> そしてそれは、愛そのものの学びでもあります。
> 愛が愛を学んでいます。
> 空が空を学び、
> 無が無を学び、
> 真我が真我を学び、
> 在るが在るを学んでいます。
>
> なぜなら、それは絶対で完璧であるという同時に、未知であり、無限でもあるからです。
> それ自身をどこまでも知り、どこまでも学ぶことが可能です。
> それは愛にとって、至上の喜びです。
>
> そこ(絶対レベル)には、ある意味、まったく別次元の理解があります。
>
> マインド(相対)の土俵に、絶対(愛・空)を持ってきて、マインドの限られた理解をそのまま適用し、絶対(愛・空)を真にトータルに理解することは不可能であり、また、それは全くもって不自然です。
>
> ですから、マインドで愛を定義、限定しないことです。
> それ(愛)は、ただそれで在ることにより、知られるものです。
> 在る=知る です。
>
> ------------------------------------
>
> 今回の体験の起こったことも浄化でもあり、真我からの導きのように感じます。
> 苦しいですが、ひとつひとつ繰り返しを重ね深めたいと思います。

そうですね。
苦しいのはつらいですが、そのような体験も含め、ひとつひとつの体験が存在に深みを与えていきます。
>
> また来週もよろしくお願いします。
>
> MA

こちらこそよろしくお願いします。

無空


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今回は、セッションを受けられているM.Mさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

M.Mさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
>
> こんばんわ。
> 先週のセッションの感想です。
>
> アイコンタクトの時に、存在そのものを強く感じました。
> 意識そのものという感じでした。

とてもいいですね。
>
> その時以外は、先週は窓を開けていたからか、
> お隣さんの声が聞こえたり、車がうちの前で停まったりと
> やたらと音がうるさく感じられて
> あ!うちに用事かな?ピンポンなるかな?っていうマインドが
> 行ったり来たりしてしまいました。
> そんなマインドに気づいている時もあり、飲まれている時もありました。
>
>
> 以前、無空さんに頂いたメールを何度か読み返すのですが
> 真我について、起きていると気づいている意識 という風に説明して
> もらったことがあります。
>
> 最初、なかなかピンとこなかったのですが、
> あれは、寝ているような起きてるような時に
> かろうじて意識がある、みたいなのありますよね。
> それとか瞑想が深まった時に、意識はあったのだけど
> 終わってみたら、寝てたんじゃないか?みたいな時。。
>
> あの時の意識って感じなのだろうかな~と思ったのですが

そのときはかなり純粋な意識の状態ですね。

> だとしたら、自分がマインドだと思っていたものが
> 存在だったというようなこともあるのかな?という疑問がふと湧きました。

それはかなりあると思います。
真我を自我と思い込んでいるということですね。
ある意味、覚醒していないすべての人がこれを行っています。
無限の真我に様々なラベルを貼って(観念化し)、小さな枠に閉じ込めて、
マインドで制限しているのが自我とも言えます。

それは空間(真我)を枠で囲んで、その枠とその中味が自分(個人)であると思っている様なものです。
枠がラベル(観念等)で、中味は空間(真我)のままです。
枠で囲まれたからといって、その質が変わるわけではありません。

それは真我のままです。
それはそのまま真我です。

ラマナ・マハルシ「不滅の意識」より

「われわれはわれわれ自身の真我を実現する努力をあざ笑わなければならないときが来るであろう。
というのはわれわれは真我実現以前と以後において同じであることを、見いだすであろうから。」

気づいている意識は、気絶して気を失ったり、あるいは、熟睡中で、夢も見ていない状態のとき以外は、
マインドが活発な時も、感情に巻き込まれているときも、ずっとあります。

それはもっとも馴染み深く、もっとも当たり前にある感覚でもあります。
生まれてからずっと、あるいは、個人が生まれる前、
さらには、すべての創造が始まる前から在ります。

それはすべての源です。

創造・現われあるところ、その源も必ず在ります。
今も毎瞬、毎瞬、創造は起こっています。
マインドも、感情も創造物、創造現象です。
創造があるところには、必ず、その源である意識が在ります。

(ただ、それは源であるため、創造物に依存しません。
創造物がなくても、それは存在し続けます。
マインドが静かになったときに、それに気づきやすいというのはそういうことです。)

ですから、個人という単位で見れば、生まれてからずっとそれはあったもので、
感覚的にもとてもよく知っているものです。

それを指摘すると、拍子抜けしたりする方もあるというのは、その点からもお分かり頂けると思います。
誰が何度言おうと「それ」が「それ」なわけです。
すべての覚者が、「真我」、「それ」と言っているのは、「それ」のことです。

ただ、それを知ってもこれまである意味、外側の粗雑な領域にばかり意識が向いていましたから、
その微細な質を感じとるのは難しい場合があります。
そこから浄化をはじめ、クリアに、そして、より微細なものを感じとれるようになっていく必要があります。
そして、粗雑ものにばかり興味を引かれ、それに執着しているようですと、なかなかそこに注意を向け続けることができず、そして、落ち着くことができません。
マインドの成熟が必要です。

また、はじめは、気づいている意識というのが分りにくければ、「起きていること」自体、その事実に気づいていましょう。

起きている間は、誰でも「起きていること」に気づくことはできます。

このあまりに当たり前で、あまりに明白である、厳然とした事実に気づいていましょう。

純粋に「起きていること」、その事実、その現実、そのリアリティに気づいていましょう。

事実は、感覚をも含み、よりトータルです。

それは絶対であり、全体です。

「起きている」という事実に気づいていましょう。

誰が起きている、ではなく、

なぜ、起きている、でもなく、

どのように起きている、でもありません。

ただ、「今、起きている」

という事実に焦点を当てましょう。

そこに不純物、付属物を一切つけずに。

それは、純粋な意識そのもの、目覚めそのもの、覚醒そのものです。

純粋にそれができれば、何ものにも依存しないそれに焦点を当たることが出来れば、それだけで(初期)覚醒可能です。

準備ができているハートとマインドであれば、それ(気づいていること)をただ実践し続けることにより、純粋な覚醒が起こるでしょう。

> 先週は穏やかに過ごしましたという報告をしましたが
> 今週はマインドまみれでまたちょっと苦しい週でした。
>
> まだ、上がったり下がったりのジェットコースターのようです。^^;

さらなる深い浄化が起こってきたというところですね。
今は、全体がとても高まっていますから、進み方が早いですね。
>
> 今週は、母が検査入院することになり、私もいろいろ感情が揺さぶられました。
> 母は認知症の症状があるので、日常の些細なこともままならないのに
> 慣れない環境へ行くのはストレスだろうとか、母の不安や緊張を感じると
> 私も自分のことのように疲れてしまいました。
>
> 私の中にもともとあった、不安、緊張、閉塞感のようなものが
> 母のこの入院を通して現れ出てきたということでもあるのですよね。

そうですね。
出てきたときに、それをつかまず、ただ気づいていれば、それを解消、解放していくことができます。
何か出てきたときは、いつも解消、解放のチャンスだと捉えられるのもいいですね。
理解が進んでいる方の中には、浄化が起こっていると喜ばれる方さえいらっしゃいます。
(そのときの起こっているものの強さ、質などにもよりますが。)
>
> ただその胸のつまりや痛みが、今週は強く出て
> 在るに意識を向けるというより、痛みと共にただ在る、という感じでした。

そのときはそれでいいですし、それがベストです。
>
> そうやって、思い出すと苦しいのですが
> 家の中は、母がいない分、静かに過ごせて穏やかな一面もあります。
>
>
> まとまりないですが、今週はそんな感じでした。
> 明日もどうぞ宜しくお願い致します。
>
>
> M.M

ありがとうございました。

無空

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