無空庵の個人セッションは、ゼロ(仏教では空)の場による心の浄化法、本当の自分を知る方法、心の平和・愛と幸せ・真我覚醒・真我実現を促す方法です。

●ゼロ意識共鳴で、真我・無限の愛である本当の自分に目覚め、本当の自分を実現する!

真我はただ在る。ただ自分自身(愛)である。シンプルな生き方。シンプルな在り方。
無空庵で「愛」(存在の愛)と「空」、そして「在る」こと(自分自身であること)の素晴らしさを知る。
悟り・覚醒・変わらない愛と幸せ・心の平安を実現!

無空庵では、スカイプで全国の方を対象に、ゼロ意識共鳴個人セッションを行っています。
個人セッションは、ゼロ(仏教では空)の意識の共鳴ワークであり、心の浄化法、本当の自分を知る方法、無限の愛と自由、心の平和、本当の幸せ、真我覚醒、真我実現を促す方法です。

ラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジ、フーマン、エックハルト・トール、ガンガジ等の言及する「悟り」「覚醒」「真我」「本当の自分」の実現をサポート!メッセージ1 メッセージ2

※多忙のため、セッションに関するお問い合わせの返信には、数日~1週間くらいかかることがあります。また、同様の理由により、読者の方からのご質問にはお答え致しかねます。ブログへのコメントにもお返しできないことが多いと思いますが、あわせてご了承願います。

公開・日々の小さな合同共鳴
※どなたでも、森羅万象あらゆる存在の意識参加自由。
毎日6時、10時、11時、11時40分、13時10分、16時15分、17時、18時、21時 2011・11・3~
(6時以外は、無空庵の基本セッション時間です。)。
各30分(その内何分でも構いません。ただそっと意識を向けてみてください。そして、できる方はご自身の存在感覚、在るという感覚、又は、気づいている意識に気づいていてください。)
※参加された方々の記事。
蓮さん①, wingさん①のびのびさんsatorinさん

公開・週一合同ゼロ意識共鳴
※どなたでも、森羅万象あらゆる存在の意識参加自由。
毎週木曜日21時と21時30分から各30分間。 2011・11・10~
※こちらの記事もご覧ください。合同ゼロ意識共鳴は、集合意識の変容を促す。+感想③
第1回感想①感想②
※参加された方々の記事 しみっちさんWingさん蓮さん




今回は、セッションを受けられているSさんから、感想を頂きましたので、ご承諾を得て、紹介させて頂きます。

こんばんは Sです。

遅くなりましたが、第2回目のセッションの感想です。

1回目のセッションの翌日に屋久島に旅行に行き、帰ってきたその翌日に2回目のセッションでした。

屋久島の感想の話から始まりましたが、屋久島の杉がどんなに大きくとも、自分の方が大きい」、屋久島にいかずともそれはいつでもあることを知ったせいか、屋久島は思っていたほど凄くはなかった(笑)

ただ、原生林は「飲み込まれる」ような感じを受けたし、海は「生きている」と感じました。

そのことを言うと、「自然が一番それが素直に現れているんでね、それを感じやすいし、(ゼロ)意識に入りやすいし」と無空さんに言われて、「ああ、なるほど」と納得しました。
セッションを重ねていくうちにどこでも入れるようにはなるということですので、屋久島にそれほど驚きがなかったのもセッションの翌日だったからかもしれませんね(笑)

また、感情も思考と同じでとらわれないでいればいいという話から、家族との関係の話になりましたが、家族とは一番衝突も大きいことが多いのも「純粋な状態に戻るため」にしてくれていることであり、そう考えると有り難いことだと言う話もしていただきましたが、ゼロ意識を経験したこともあってか素直に納得することが出来ました。

ゼロ意識の体験自体は無限に深くなっていくが、深さを追うとマインドを強めるが、変わらないものはあり、そこにいて、あとは深まっていくことを楽しんでいくというお話しも、さらりと話されましたが大変重要な点なんだろうなと思います。

ゼロ意識共鳴をしていることが宇宙にとってとても大きな影響があることのお話しも、さらりとこれを体験させてもらっているので、意識にとどめて大切にしていきたいと思います。

意識共鳴に意識を向け始めると、今回は宙に浮いているような・・上下とかがなくて、目の前のものも自分も全部 ただある という風に感じられました。

「それそのもの 存在そのものとしての自分を実感する」 「個人がいないとそれ自体が目覚めてくる」と言っていただき、
「ある」・・前回言った「生命」・・どちらでもあるそれを感じていました。

今回は、とても冷静に?「ただただ」「ある」という感じを感じました。

「ある」

「これがひとつなんですね」

「全部が宙に浮いてる 全部あるの中に含まれてる あるの視点からみれば違いがないわけです」
全部 ただある わけですね。へーーーーーー

「これが愛でもあり、存在の愛。ゆえにすべてが愛に満ちているといえるわけです」

「具体的なものはここにおいては何もないですが、無や空と言われているものがあるわけです。」
「実在・存在感覚・リアリティー・生命・・・」

「ここにおいては、何も起こってない 存在のレベルで静か ただこれが永遠にあり 平和 一切矛盾もなく 争いもなく 」

アイコンタクトをすると、今回は
まず胸から熱の感じ、そして「繊細さ」と呼べるものを感じました。

「クリアだからこの繊細で精妙なものも感じれる、
そしてこれが浄化・変容・目覚めを促している
ひとつだからパーフェクトにこれをしている 自分自身を回復させるためにやってる」
身体もこれを反映できるようにバージョンアップしていく」

へーーなるほどでした。説明も的確でまた理解が深まりました。本当に勉強になります。

次にハートの共鳴もしていただきました。
初めはわーーと強烈な広がりの愛だったんですが、その後は凄い静かで暖かいような感じがじーーーとある状態でした。
「その中にいる」ような感じ
溶けるような感じもありました。

「ここにいるとケンカは起きないですね」とおっしゃられましたが、
ケンカなんてまず起きないですね、「起こりようがない」という感じでした。 

その後の状況ですが

執着がだんだん弱くなり始めているようです。
何をしていてもあまりかわらないんだなぁと思うことが増えてきて、「これじゃなきゃだめ!」「こうでないとヤダっ」ということが、「まぁどっちでもいいや、どっちも変わんないや」になっていることが増えてきました。
これを感じていると、ただただ、問題は外にはなくマインドがつくりだしてるだけなんだと、実感されます。

これを「続けよう」としていると、「無気力」「空虚感」が出てきたりすることがありますが、これもマインドだと教えていただいたので、そのようにみると、
マインドは空虚感をつくり、それゆえ空虚ではないようにするために何か取り掛かれる問題を作ってはどうにかしようとするというプロセスのドラマをやはりマインドが作っている・・というようにも思えてきました。

また、仕事中にお客さんと話していて、自分を超えたところに意識を置くと、自ずと調和のとれた話し方になっていたことに気付いた時がありました。


「自分」でいると自分のペースに相手を合わせさせようとしている自分がいました。
逆に相手に合わせようとするのもまたうまくいかないことが多かったと思うのです。
そのどちらでもなく、自分も相手も「同じ私(真我)の現れ」のように感じながら話しているような感じでした。
些細な違いなのですが、それが生む結果は大きく違いが出てくるんだろうなと。

また、「ある」「存在」「生命」という感じは、比較的すぐに感じれるようになってきたように思います。

ありがとうございました。また、明日第3回目のセッションよろしくおねがいします。




今回は、セッションを受けられているA.Yさんから第1回セッション後に頂いたメール(6/19)を、ご承諾を得て、紹介させて頂きます。

A.Yさん:

体験談掲載、ありがとうございます。

まだまだひよっこの僕ですが、お役にたてればそれはそれで嬉しいです。

ただ、余計なことを言いますが、僕は正直、悟りを人に伝えるとかにはあまり興味がないんです。

まったくないわけではないですが、人に伝えるよりも自分をひたすら無くしていきたいんです。

自分が完全になくなれば理想的です。

その時、もちろん悟りを自覚している者はいないでしょう。

だから、僕自身には何のメリットもありません(笑)

僕が消えうせるんですから。

でも、それでいいんです。

それが僕の望みなんですよ。


では、メールに返事していきます。

> あまり言葉にとらわれずに、その奥に在るエネルギーを受け取っていただくと理想的です。

⇒そうですね!それを意識していきます。


> (空のエネルギーに)圧倒されていたのは誰か?
>
> 立ち上がれなかったのは誰か?
>
>
> という問いかけも、いい確認になりますね。

⇒こう問いかけると、ふーっと力が抜けていきます。気付きに入ったときと同じですね!

> まだ、個人にとっても、体にとっても強く感じるエネルギーかもしれませんが(なんと言ってもまだ2回目ですからね(笑))、
> どんどんマインドも体も浄化され、個人が透明になり、空を受け入れていく、あるいは、個人を手放し、空に引き込まれる、
> 呑み込まれていくことによって、より自然なものになっていきます。

⇒よく分かりました。そういうものなんでしょうね。ラマナも、初期は激しかったですが、次第に落ち着いた感じになりましたからね。


> また、日常の状況をお伺いしながら、セッションをしていきますが、
>
> ちょっと強すぎるという感覚が本人の自覚としてあり、そのことが私の意識にも入れば、
> それなりに調整されたりします。(他の方でも一度、そういうことがありました。)

> 意識的に共鳴を短くするとか、軽めにすることも出来ます。
> (これすら、空の視点から見れば、ただ起こっていること、自動的に行われることですが)。

⇒僕は、強烈な方がいいです(笑)。バカな話ですが(笑)。

短くとか軽めとかじゃ面白くないですよ(笑)。

エネルギーにやられてどうしようもなかったのは、1時間ぐらいですから、セッションの後に予定を作らないようにしておけば大丈夫だと思います。

> いろいろな思い、自覚、感覚が出てくることもすべてはただ起こっていることですので、
> すべては起こるがまま、あるがままにということで進めていきましょう。

⇒無欲が一番なのかもしれませんね。


それから、ひとつ大切な質問をします。

この前のセッションのとき、僕は、「いつか、セッションを卒業したい」ということを言ってましたが、ここはとても大事な点なので、再度お聞きします。

無空さんは、「そのうち、月1回にするとか・・・・」とおっしゃっていましたが、それでは正直、中途半端だと思うんです。

何年かかってもいいから、やっぱり、「何の努力も何の行為も全く必要ない」というところに行ってこそ、本当の悟りだと思うんです。

これも落とすべき観念なのかもしれませんが、セッションも含めてなんらかの行為がないと空の自覚が薄れてしまうとしたら、それはやっぱり本物じゃない。

それは、空とは似て非なるものだと思うんです。

マインドは、きっと残るのでしょう。ラマナですらそうなのですから。

しかし、マインドのない世界にハッキリとたどり着いた者は、どんなにマインドが動いても全く動じないのでしょう。

空の自覚と空そのものが、完全に一致すれば、その自覚は決して失われないはずです。

そうなれば、もはやセッションも瞑想も必要ないはずです。

実際、プンジャジもガンガジも、「瞑想する必要はない」と言ってます。

師匠は必要かもしれませんが、それも最終的には必要ないはずです。

プンジャジは、だからラマナから離れましたよね!ラマナに諭されて。

僕の最終的な目的は、「師匠も行為も努力もなにもかも必要ない悟り」です。

しかし、それは現在の僕にはハードルが高すぎます。

どうしようもありません。

だから、無空さんのセッションを受けているわけです。

無空さん自身は、もちろんセッションを受ける必要がないわけですが、それが本物だと思います。

セッションが必要なあいだは、やはり「借り物」と言わざるを得ません。

きっと、無空さんは空の自覚がハッキリと定着しているから、空そのものにセッションを受けているんだと思います。

僕も、そうなりたいんです!!

セッションを続けていけば、そうなる可能性があると思いますか?

セッションの中でそうなるかもしれないし、セッションのもうひとつ先の道があるのかもしれないし、僕にはよく分かりません。

これは未来の話で、「今に在る」ではないですけどね(笑)

無空さんは、どう思われますか?

A.Y

無空:こちらのメールへの無空の返信はまた後日ご紹介させていただきます。




今回は、セッションを受けられているayaさんとの3月分のセッション後のメールのやりとりをリクエストもあり、参考までにご紹介いたします。

ayaさん:

無空さん

こんばんわ。

メールありがとうございます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一瞬、マインドに巻き込まれていると思い込むのですが、

実は、マインドと絶対の距離がすごく近くなって、

意外と巻き込まれていないのではないかと思いました。

こだわり自体が少なくなってきているので、

マインドに引っ張られてもそんなに力がないのかな?と思ったりしました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・があるので、不安もあったのですが、

意外と大丈夫かもしれません。

絶対的な真実、在ることは変わらずに在ります。

以前の自分と全然変わっていないような気もしますが、

やっぱり違います。

もちろん違わないのですが、本当の自分に気付けたことが

大きいですね。

何かの拍子に、嫌だ!という感情が湧いても、

これは幻想?マインド??と確かめると、

案外、在るにいる(全体を感じている)ことがほとんどなので、

日常レベルで幻想だと区別していたのも、もしかしたら

小さくなってるかもしれません。

在りながら、マインドが針先でチクッとされた程度で

何も起きていません。

時間がたってから、念のため(←マインド)ふりかえってみても、

映像としては流れてきますが、

何も起きておらず、在ります。

ニサルガダッタ・マハラジの言っていることがすごくよく分かります。


これからのセッションは、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マインドを静かにするためのセッションになるのでは?!

と思ったのですが、さらにより深い意識へのセッションですね!

無限の愛をどんどん深め、静かに愛が広がっていけばと思います。

本当に無限ですね。


aya
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

無空:

ayaさん

こんにちは。

メールありがとうございます。

書いてて途中、単独記事で書く予定の内容も少し出てきて、長くなってしまいました。

もうちょっと読み返してまとめるといいかもしれませんが、時間がかかりそうなので、そのまま送ります。

分りにくいところは雰囲気だけ感じ取っていただければと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個人でいる必要がないとき(よく観察すると、ほとんど個人でいなくてもいいのですが)は、

全体であり、愛であるよう、普段から意識していれば、仕事モードのときにも自然にそれがにじみ出て行くようになると思います。

また、その場面場面で、自分から出て行くエネルギーというのも自然に違ってきます。

ベースにしっかり愛があれば大丈夫です。

愛もいろんな形をとりますから、あまりこだわらずにその時その時の自然体、ただ起こるままにというのがいいかもしれませんね。

でも、愛であることが完全に努力なく、いつでもそうなるまでは、今、ayaさんがやっているように振り返って確認するというのも大事なことですね。

その作業もどんどん微細なものになっていきます。

そして、そのうち気にしなくなってきます。

私の場合、何か起こっても、まっ、いっか。という感じですかね(笑)。

ただそれがそう起こった、ということで終了。


>一瞬、マインドに巻き込まれていると思い込むのですが、

>実は、マインドと絶対の距離がすごく近くなって、

>意外と巻き込まれていないのではないかと思いました。

>こだわり自体が少なくなってきているので、

>マインドに引っ張られてもそんなに力がないのかな?と思ったりしました。

かなりいい感じですね。

私もマインド自体は結構活発に動くこともありますが、他の方から、静か(深い静寂がある)とか、穏やかとか、安定していると言われるのは、マインドが起きてきても、それほど強くない、言い方を変えれば、本当の自分、絶対なるものの受け容れが深く、他のものにゆるがさなれない、ということが言えるかもしれません。

ayaさんも、週一のセッション、意識共鳴と、日常でのいろんな意識の練習などをしたことで、そうなってきたんだと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうですね、その都度その都度、様子を見ながら、状況、そして、インスピレーション、ハートに聞きながらやっていくのがいいでしょうね。

今から決まった答えはなく、幻想の世界は常に変化してますので、そんな感じがいいでしょうね。

安定、変わらないものは、この世界にはなく、幻想を超えたところにあります。

それはいつでもそこにあります。

そこにあれば、愛と幸せ、安心・安全の中で、安定して常に変化していく幻想世界を楽しめます。

ある意味、目的はすでに達しているので、幻想世界で結果を出す必要がありません。

あとは、それを楽しむだけです。

(ニサルガダッタ・マハラジも、この世界で一定の成果を収める必要はない、というようなことを言ってますね)


>絶対的な真実、在ることは変わらずに在ります。

これは絶対です。

いつでもそこに戻ることが出来ますね。

これを見つけて、そこに落ち着くのに、みんな、幾多の転生を繰り返しています。


>以前の自分と全然変わっていないような気もしますが、

これは、ラマナ・マハルシの本にもあります。

覚醒前と覚醒後では、何も変わっていないと。

真我の部分ははじめから在りますし、真我が変わるようでは、それは真我ではありません。

>やっぱり違います。

これは、ニサルガダッタ・マハラジの本にありますね。

大きく変わるのは、マインドの方だと。


>もちろん違わないのですが、本当の自分に気付けたことが

>大きいですね。

これは、とんでもなく大きいことなんですよ。

慣れてくると当たり前になってくるので、あまりそう感じないかもしれませんが。

クリアな知性と微細な感覚が必要ですね。

本当の自分を知っていること、本当の自分で在ること。

これ以上のことはありません。

と同時に、いつも言いますが、自分自身であるということですから、これ以上、普通なこともありません。

この普通(在るということ)の中に、無限の可能性が含まれています。

当たり前の中、自然体の中に、最高のものが潜在しています。

マインドの浄化を続け、自分自身で在ることをより深めていけば、それがよく分るようになってきます。

在るということ以上に、偉大なことはありません。

これ以上の奇跡はありません。

在るがなければ、何も生まれません。

一切の可能性が存在しません。

この違いが分りますか。

在る、存在があるので、すべてがあるんです。

あらゆる可能性が無限に生まれてくるんです。

幸せであること、愛であること、それらの感覚を無限に深めていくこともできるんです。

在るはすべての親であり、すべての源です。

無限の可能性を種の形で、その中に含んでいます。

計り知れないエネルギーがあります。

愛の深さ、広さにも限りがありません。

この在るというものの中にどれだけのものを見、感じれるかが、これからのお楽しみです。

もう、何処かに探しにいくのではありません。

何かもっとと、別のものを求めるのでもありません。

これらはマインドがすることで、それをすると、在るからそれていきます。

ただ在る、幸せである、愛である、今に在る、という中で深めていくものです。

前に進むのではなく、垂直的に深めていく、と同時に、全方位に広がっていく、言葉で表現し切れませんが、

それを普通の中で、普通に在りながら、深めていきます。

真我、存在しか存在していないので、それを何かと比べることが出来ません。

ですから、自分自身の中で深めていくんです。

在るという普通の中で、深めていくんです。

ゴール地点に在りつづけるということでもあります。

ここは、すべてがはじまったところでもあり、ゴールでもあり、その中間でもありますが、

ここが本当の自分の居場所、本当に自分であると、気づいた、それを見つけた、というところに大きな意味があります。

正しい場所にいる、という感覚はありますか。

ここは絶対的に正しい場所です。

ここに在るということは、

ずっと幸せの中に在るということでもあります。

愛から一歩も外に出ないということでもあります。

そして、在る者同士の共鳴により、それはさらに深まっていきます。

そのために、多様性、幻想世界があると言ってもいいですね。

唯一つであるもの、存在が、自分自身の中で深まっていく為に。

自分自身を感じ、経験し、より深く知っていくために。

創造は続いていきます。

でも、もうそれに翻弄されることはありません。

本当の自分であり、その中でただ起こってくること、創造された世界を楽しみ、それを深めていけばいいですね。

それと同時に、完全に静寂とひとつになっていることができます。

何も起こっていないと、ただ、起こるということの共存ですね。

そして、そこに確立した意識は、

形を取らず、それ(存在・意識・至福)そのものとして遍在してるもよし、形を取って、この世界を楽しむもよしです。

本当の自分である事(在るということ)は自然なことですし、当然、覚醒前からそれはあるので、何も変わっていないという感じが起きてくると思いますが、ここが更にマインドを浄化し、深めていけるか、そこで更なる深化をやめ、また、マインドに巻き込まれてしまう可能性の中で生きていくかの分岐点とも言えますね。

微細で、巧妙なエゴの罠が待ち受けているところでもあります。

何が変わって、何が変わっていないか、それをしっかり認識し、捉えることが大事ですね。

知ってるケースで、

覚醒しても、まだマインドが残っている場合(大体残っていますが)、ここで、ひっかかってしまうことがあります。

何も変わってないじゃないか、ということですね。

浄化もしてきているので、過去の大変だった頃のことなども忘れてたりします。(忘れてていいですが)。

また、すべては完璧、みんな同じ、だから何もする必要がないんじゃないか、というような思考が起きて来たりすることもあります。

マインドが真実、覚醒を使っている、真実が主体ではなく、マインドが主体になっている状態です。

在る(愛)ことではなく、思いが主導権を握っている状態です。

ですから、本当の自分であること、ただ在るということ、それが普通であることの価値が、どれだけのものかの理解がとても重要になってきます。


>何かの拍子に、嫌だ!という感情が湧いても、

>これは幻想?マインド??と確かめると、

ここで、すぐ確かめられるということがまず、目覚めているということですね。


>案外、在るにいる(全体を感じている)ことがほとんどなので、

素晴らしいですね。


>日常レベルで幻想だと区別していたのも、もしかしたら

>小さくなってるかもしれません。

体験談を書いて頂きましたMさんも、自分は何もしてないのにいつまにか変わっていた、というような言い方をしています。

これがセッション効果、共鳴効果ですね。

あれっ、ないです。という感じになりますね。

それから、セッションとセッションの間、自分で意識的に練習したことなども大きいですね。


>在りながら、マインドが針先でチクッとされた程度で

>何も起きていません。

在るということがかなり深まり、安定してきていますね。


>時間がたってから、念のため(←マインド)ふりかえってみても、

>映像としては流れてきますが、

>何も起きておらず、在ります。

>ニサルガダッタ・マハラジの言っていることがすごくよく分かります。

あの本は、自分の意識の確認にもすごくいいでしょ。

更に、自信になり、受け容れが深まりますね。

古代からの聖者、賢者、覚者、イエス・キリスト、釈迦、近年の覚者であるラマナ・マハルシ、ニサルガダッタ・マハラジ、そして、フーマンもそうですね。

見つけたものはみんな同じです。

ayaさんが見つけたもの。今、在るところも、みんなと同じところですね。

そして、それにまだ気づいていない人も含め、みんなそこにいます。

在るというところ以外、どこにも存在することは出来ません。

後は、ayaさんの場合、残るマインドの更なる浄化と、意識を無限に深めていくことですね。


>これからのセッションは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

>マインドを静かにするためのセッションになるのでは?!

>と思ったのですが、さらにより深い意識へのセッションですね!

そのとおりです。


>無限の愛をどんどん深め、静かに愛が広がっていけばと思います。

とても素晴らしい愛ですね。

愛はそのように在ります。

そしてまた、逆のことを言うようですが、周囲がどうのこうのではなく、それはayaさんだけの問題とも言えます。

何しろ、存在するのは、ayaさん(全体・在る・愛・幸せ)だけなのですから。

(でも、全体でありながら個人であることもできますから、たくさんの仲間に囲まれているという状態も共存します。)


>本当に無限ですね。

限りがあっては、無でも空でも愛でもありませんからね(笑)。

では、また、状況報告等お願いします。

無空



今回は、現在セッションを受けられているA.Yさんからの無料体験セッション後のメール、そして、無空とのやりとりをご本人のご承諾を得て、ご紹介いたします。(第9回目)


A.Yさん:


素晴らしいお話しありがとうございます!


> 体験セッションで、かなり明確な気づきを体験されましたから、その浄化作用として、より深くにあったものが解消され、思考という形で出てきているということも考えられます。

⇒僕も、そうかもなあ、と思ってました。

そして、空体験の反動のようにも思えました。

今日の仕事は、久々にかなりしんどかったですし(仕事の中身ではなく、僕の精神的な問題です)。

強力なプラスは、強力なマイナスをも生む、ということかもしれません。

ラマナも強烈なマイナスを経験しましたし。

もちろん、空そのものにはプラスもマイナスもないんでしょうね!

これは、だから僕のマインドの仕業なんでしょう(笑))

> そのようなときは、頑張って気づいていようとせずに、ただ、強い思考がおきているなあ、ということに軽く気づいていればいいです。
> そして、あまり気にしない、という態度がいいですね。
> 起きては消えていくものに
> あまりとらわれない、という態度、習慣をつけていくことの方が大事です。

⇒納得です。今後、そういう態度で臨みます。

> 読みたいときはただ読む、そして、読み終わったら、気づきに戻る、という手もあります。

> ⇒これはいいですね!そうします!

> 突然の悟りは(マインドが成熟してなくて、一時的であることがほとんどですが)、ゼロがスタートで100がゴールとすれば、ゼロから突然100に到ったという感じとも言えます。
> それゆえ、マインドがそれに耐え切れず、精神的にバランスを崩したり、というのはよくある話ですね。
>
> 無空庵の場合は、ゼロからスタートしたとして、5や10、20、30と、マインドがより弱くなっていく過程を経ながら、極端に激しい過程を経ずに、日常生活を送りながら、自然に無理なく、100に到達できるスタイルです。

⇒これは、非常によく分かる説明でした。


(ラマナ・マハルシは個人の輪郭は残る、という言い方をしてますね。)

⇒これは、お世話になった覚者も言ってました。ヴァーサナーは残るって。


サダナ(修行)としては、言い方を変えれば、できるだけ個人でいない、ということです。

⇒これは厳しいですね!(笑)バガバッド・ギーターには、「執着なく、何の結果も期待せず、働きなさい」ってありますが、これはできねぇや!って思いました(笑)。


>> この普通の自然状態がリミットまで進んで、完全に執着から離れたとき、何かが起こるんでしょうね!

> 何も起こらない、ということが起きます(笑)。

> でも、これを期待している大部分がマインドだという事が分りますか?

> 真実に引き付けられているというのも部分もありますが、何か起きることを期待するのはマインドです。

> 未来に意識が行ってますからね。

> それが例え、かすかにしか感じられなくても、今に在り、真実のしっぽをつかんでいるということが大切です。

> 真実を求めながらも、マインドの傾向は続いていきますので、それを変容、成熟させていくということが重要です。

> 出てくるマインドの傾向を、切って、切って、切って、落として、落として、落として、超えて、超えて、超えて、いくわけです。

⇒なるほど。僕は結果を求めちゃってるわけだ。何の結果も求めない心が、マインドの成熟なんですね!


私は、本当の自分を知っているということで十分です。

⇒満足していらっしゃるんですね。お世話になった覚者も、ラマナも、ガンガジも、「満たされている」「満足だ」って言いますね。幸せですね。。。

>> どうしても、疑問でいっぱいになった。

>> それで、しんどい思いをいっぱいしてきました。

> 内側で感じる真実と外側の現実が違ってると初期の頃はそうなりますね。

⇒この食い違いは、僕自身が分裂していたからだと思います。

僕は、昔っから悟り志向が強い人間ですが、同時に、お金持ちとか成功者とか事業家とか一流の音楽家とかになりたいという世俗志向の強い人間でした。

内側と外側の両方が大好きな人間だったんですわ(笑)

内側ばかりに興味があれば、きっと今頃は無空さんのような指導者になってるでしょう(笑)。

今はようやく、内側に強く傾倒しています。

だからこそ、無空さんのセッションを受けているわけです。

そして、落ちるのは、執着から離れたい、輪廻のない世界に行きたい、今は執着がある、今は、輪廻のある世界にいる、という思いの方ですね。

⇒がってん!!まったくその通りですね!これですわ、これ!お世話になった覚者からも、これを教わったんですよ!「肉体がマーヤーなのではなく、思いがマーヤーなんだ」って。これは、彼から教わった中でも、一番大きなものでした。

僕が幼いころから長年学んできた宗教は、「○○○○」という教えを基本としています。

それで、僕はずっと、その教えが正しいと思い込んできました。
しかし、その教えを含めたあらゆる思いが、マーヤーだったわけです。
これで、どうしてその宗教の立派な先生に迷いが残るのか、よく理解できました。

そして、ラマナの言いたいことも理解しはじめました。

ラマナは、「自我は真我の一部だ」とか、「現象はあらゆる意味で非実在であるという考えは拒否されるべきです」とか、「身体やその他すべてが、真我とは異なったものとして現れることはありません」と言ってます。

ここがしばらくの間、分からなかったんです。

結局、思いが問題のすべてなんですね!

輪廻がどうとか、執着がどうとか、そういう思いが落ちたとき、変わらぬ世界を知るわけですね。

そして、変わらぬ世界から見たとき、移り変わるすべてのものは、皆、それ自体で完全であり、充足しており、どこにも変えるべきところがないことを知るわけですね!

だから、起こるがままに任せられるし、委ねていいわけですね。

(だからこそ、限定された物事に執着しなくなるわけだ。)


>> お世話になったもう一人の覚者も、「自分自身を生きよ!」とよく言いますよ!

> ですから、決まった公式みたいなものはなく、ただ魂の感覚に正直であれば、そこから道は開け、真実に到達するということです。

> プロセスを理解することもとても重要なことのひとつですが、同時に悟りを定型化しない、観念化しない、ということも大切ですね。

⇒これですね。悟りへの、どんな思いも差しはさまない。どんな観念も拒否する。

マインドのわなにハマらないことですな!


>それはすでにそこに在りますし、真実はそれ以外存在しないのですから、間違いようがないんです。

>どう転んでも悟るしかないんです。

>運命は決まっています。

>観念して下さい(笑)。

⇒起こるすべてのことを信頼する、ゆだねる、ってことですね!

世界はすべて、完全である、と。どうなろうとも、完全である、と。

だから、観念するほかない(笑)


では、次回セッションよろしくです!!


A.Y



今回は、セッション16回目を受けられたYUさんから頂いたメールへの無空返信分をご承諾を得て、参考までにご紹介いたします。

無空さん、こんにちは!
最近の無空庵ブログは、セッションを受けられている方々の感想が充実していて、読み応えありますね

第16回目のセッションの感想とその後の経過をお知らせいたします。
この文章はセッション直後に書いたものです。

最近、無空庵では、セッションを受けられている方々の体験がシンクロされているそうですね。
愛(根源の愛)についても共鳴されて、感じられる方がいらっしゃるとおっしゃっていましたね。

私は、静寂、平和、楽しさ、感謝、透明感などの側面は感じられても、愛となるとまだよく感じていませんので、今回共鳴して頂き、愛を伝授していただきました。

初めは物に対して時々起きる愛おしく、可愛く感じる感情が沸いてきました。
その後、なんだか深く研ぎ澄まされていき、全ての者、物への神の愛?というか存在の愛というかが急にフォーカスされていきました。
(神を宇宙とかに置き換えてもいいです。でも私は神が一番しっくりくるので神としています)

神はどんなちっぽけな者、物にも優れたものにも同じように深い愛を注がれてお作りになった。
もう存在するだけで奇跡という感じでしょうか。

全ての人は神の子であり(言いかえれば、全ての人は神であり女神であり、天使である)誰一人として存在価値がない人がいないのである。
神は全てのものを愛されている。
いつ何時も愛や光が降り注がれている。
人が作った善悪を超えたところから、神の愛は存在している。

創世記の初めの部分や古事記で、神がこの世を作った様子が記されているが、深い愛をもって創造されてきたのが少し腑に落ちました。
今まで何べんも読んでいたのに内容は理解できても神の深い愛は感じ取ることができなかったのです。

それから、宗教画とかでイエス様やマリア様や聖人の絵や天使の画で深い愛が描かれているものが表現されているのが少しわかりました。
愛を表現するのに、画家の工夫があったりしてるのもわかってきました。

私という人間が存在するまでに両親をはじめご先祖様全てのものが私が存在するのに関わっている。
どれひとつとして打ち捨てておくことはできない。
この世がはじまってから、全てのものを漠然と感じ、時間や空間を越えて感謝が沸く。
存在している者、に感謝です。
時間を超えて全てが今に繋がっているという感覚。

このような感覚が共鳴中に起こってきました。
本を読んで理解するとかじゃなくて、急に起こり理解できるのです。
それも急に自分(個人)では考えもしないことが、現れてきました。
セッションの時、今起こったことをお話したら、個人の視点ではなく神の視点とおっしゃっていましたね。

その後の経過ですが、いつもよりはマインドはでていましたね。
週が明けてから久し振りにインナーチャイルドが登場して、強い怒りが現われてきました。
最近は強い怒りはあまり感じなくなっていましたので、今回は巻き込まれました。
強い怒りが出ると体も後からつらくなります。
まあでも、以前よりずいぶん怒りのパターンがでるのが減ったのにも気づきました。

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では、次回のセッションよろしくお願いいたします。




今回は、セッションを受けられているayaさんとの3月分のセッション後のメールのやりとりをリクエストもあり、参考までにご紹介いたします。

無空さん

おはようございます。

返信ありがとうございます。
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昨日は、○○との急な電話などで、マインドが出ていたのですが、

今日は、何もないです。

マインドはマインドに引っ張ろうとするのですが、

大いなる在るにいるようです。

>それ(真我)以外、何も存在しない

何もないです。静寂が少し深まってかもしれません。

すごく普通です。週1セッションは無限で強力です。

aya

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無空:

ayaさん

こんばんは。

メールありがとうございました。

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存在の愛は、セミナー、セッション中だけでなく、どこにでもありますからね。

より見つけやすい、感じやすいのは、セミナー中や、セッション中ですが、

意識が深まってくれば、どこにでも愛を見つけることができますね。

何より自分自身が愛そのものですから、それが離れていくことはありえません。

今のayaさんなら、全てに愛を見ることができますし、そして、エゴ・マインドもよく見えていますので、

大丈夫ですね。

そして、セッションも週一で受けてますし、世間の荒波に巻き込まれないよう、
そして、更に深めていけるようサポートしていきます。


>昨日は、○○との急な電話などで、マインドが出ていたのですが、

>今日は、何もないです。

マインドが出て来ても、すぐまた消えていく、何もない状態に戻れるということが、より深く安定してきている証拠ですね。


>マインドはマインドに引っ張ろうとするのですが、

>大いなる在るにいるようです。

幻想(動き・行為・考える・何かをする・何かが起こる)よりも真実(在る・静寂・何も起こっていない)の感覚の方がより強くなっているということですね。

これは同時に生きることが出来ます。

個人と全体ということでもありますね。

昨日のメールにあったように、何も起こっていない(真実)、と、ただ起こる(幻想)、ということが同時に矛盾なく、あります。

例えて言えば、太陽の下で、自分の影ができるようなものですね。

自分が真実で、影が幻想です。

矛盾なく同時にあります。

影を楽しむことはできますが、それにより、自分が深く影響されてしまうことはありません。

自分自身であること、愛であること、幸せであることは、幻想によって、揺るがされるものではありません。

影を自分自身だと思っていたことから、本当の自分に気づくこと。

それが目覚めであり、意識、主体のシフトでもありますね。


>>それ(真我)以外、何も存在しない

>何もないです。静寂が少し深まってるかもしれません。

文章からも伝わってきます。


>すごく普通です。週1セッションは無限で強力です。

無限の愛、至高の実在を生きることは、とても自然なことです。

それを完全に受容すると、普通になります。

自然体、というやつですね。

必要な時には、それが強く出てくるときもありますが、普段は静かで、穏やかな中に、それが在ります。

また、それを強烈に感じる時、強く出ているときには、同時に、その静けさ、穏やかさも増していきます。

週一セッションの価値をこれほど理解して頂けてありがたいです。

そこには無限の価値があり、それをどれだけのものにするかは、受ける方次第です。

金額は変わりません(笑)。

クリアになればなるほど、意識が深まれば深まるほど、その価値は増していきますので、かなりお徳です(笑)。

ayaさんは、自分の中はもうかなりクリーンなので大丈夫ですが、世の中の集合意識、集合的マインドの中でも巻き込まれず、そしてその中でも、自分自身である存在から、より強力に、かつ、自然にさりげなく愛を伝えていけるよう、サポートしていきます。(根源からの愛でバックアップしていきますよ~)。

週一セッションは、ちょっとお金がかかりますが、毎朝、昇る太陽のようなものだと思って頂いてもいいかもしれませんね。(その週一番ですね。)

人は自分一人で何かをしていると思っていても、常に大いなる存在から多大なる恩恵を頂いて生かされています。

それに感謝するとともに、同時に自分がそれ自身であるということ。個人と全体を同時に生きること、今のayaさんなら出来そうですね。

では、在るがままに、起こることが起きますように。

無空



今回は、セッションを受けられているSさんから、感想を頂きましたので、ご承諾を得て、紹介させて頂きます。

先日はありがとうございました、Sです。

遅くなりましたがまず第一回目のセッションの感想です


初めにその後の日常の中での経過として、空虚感・無気力感というような感じに陥ることがあったことをお伝えしましたが、お話しする中で、それはまぁ一時的な通過点であること、それもマインドの働きであってだんだんそれも落ちてくるということ、また、手放してても何も動かなくなるわけではなく創造は続くので、本当に必要なことは内側から「起こってくる」ことなどを教えていただきました。


共鳴が始まると
前回同様、ハートを中心に愛の感じが広がっているのを感じました。
前回はその感じは身体の大きさを超えたくらいの大きさに感じられたのですが、
今回はもっと大きく、というより、広がり続けているような感覚がありました。

無空さんに真我は「広がり」「広大さそのもの」なので、と教えていただき、とても納得
がいくと同時に、マインドでは思ってもいなかった真我の「無限」である性質を
感じました。

その後、アイコンタクトをすると、その深さ・・もう言葉にはできませんが、とにかくその奥深さ!
今回はそれのひとつの側面として、「生命」という表現が出てきました。

それをお伝えしたところ、「それはエネルギーとも言えるし、命・生命。
「生きてる」のと違ってある意味「ある」ってことなんですね。」と教えていただきました。

マインドではどうしたってわかるはずがないことが圧倒的に感じられました。
この広がり・終わりがない・・つまり「永遠」「ある」ということ。
そこで全てが完結している。
「それ」はどうしたって言葉にできないものであり、それが分かれば、悟りを表現した全ての言葉がなぜそのように言ったのか分かるのでした。

マインドはどうにか限定しよう、観念化しようとしているんだってことが逆にわかりました。
無限であるそれを「限定」したらわかるはずがありませんね。


ありがとうございました。

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今回は、現在セッションを受けられているA.Yさんからの無料体験セッション後のメール、そして、無空とのやりとりをご本人のご承諾を得て、ご紹介いたします。
今回は第8回目です。長くなりましたので、分けてご紹介しています。今日は8-13です。


> 無空さんも、自分に正直に生きてきた結果、今の境地にたどり着いたんですね!

ある意味、それが自分のナビゲーターでしたね。
>
> お世話になったもう一人の覚者も、「自分自身を生きよ!」とよく言いますよ!

ですから、決まった公式みたいなものはなく、ただ魂の感覚に正直であれば、そこから道は開け、真実に到達するということです。

プロセスを理解することもとても重要なことのひとつですが、同時に悟りを定型化しない、観念化しない、ということも大切ですね。
それはすでにそこに在りますし、真実はそれ以外存在しないのですから、間違いようがないんです。

どう転んでも悟るしかないんです。
運命は決まっています。
観念して下さい(笑)。